食材の宝庫でもある英国のカントリーサイドで、かつて数百人の住民だけのためにあった古いパブがモダンなレストラン兼宿泊施設として蘇った。多くを惹きつけるのは美食と大自然。そして揺るぎないFarm to Forkの理念だ。
昔なら「Farm to Table」農場から食卓へ。今は「Farm to Fork」農場から口元へ、と言われている。
前者が産地直送の食体験を指しているとしたら、後者はその背景まで包み込み、産地や流通の透明性と、自然保護、地産地消にこだわる大局的なムーブメントのことを指す。欧州グリーン・ディールの「Farm to Fork」戦略もあるが、英国ではEUを離脱する前からこのコンセプトをリードしており、現場ではより広い意味で人と地球の健康を促進するためのムーブメントと捉えられている。そこに共鳴する農家や消費者は、今後もどんどん増えていきそうだ。
今回はそんな「Farm to Fork」を大きく支持し、かつミシュラン級のシェフを招いてすごいモダン・ブリティッシュを打ち出してきている話題の滞在型地方レストランについてご紹介しよう。
そこは「The Woodcote ウッドコート」と言い、山羊やアルパカがのどかに草を食む広大な動物農場の隣で、凛として営業を続けている。ロンドンからは1時間半のエスケープ。古いパブをモダンに改装したレストランでは自家栽培や地元生産者との契約で上質の食事を提供し、納屋風のブティック・コテージも併設。ウッドコートは都市に暮らす人々が田舎に何を求めるのかを熟知した、カントリーシックの極みなのである。


イギリス人たちは田園地帯に点在するファイン・ダイニングを好む。その多くが大邸宅を利用したホテル内のレストランだが、100年前に建てられた小さなパブを改装したウッドコートは一味違う。イングランド南部でも指折りの景勝地、サウス・ダウンズ国立公園のど真ん中という恵まれたロケーションにあり、新オーナーの手によって2023年春、新章をスタートした。
現在ヘッドシェフを務めるのはMatt Gillan マット・ギランさん(写真上)だ。マットさんは実は近郊の田園地帯の出身で、その長いキャリアの中で数々の星付きレストランで腕を振るい、1年に及ぶオーストラリアの旅では農場での収穫作業にも携わってその意義を学んだ。地元へ帰郷したあとはヘッドシェフとして8年間率いたレストランをミシュラン一つ星へと導き、料理番組にも出演するなど幅広く活躍されている。
ウッドコートが位置する周辺の土地を知り尽くしているマットさんは、つまり「Farm to Fork」理念の実行者としては最適なのだ。敷地内で採取されるハーブや野菜のほか、地元の農場、漁師、フォレジャー(山菜採取者)たちとの関わりの中で調達できる最高の食材を使って独創的なモダン・ブリティッシュを提供し、今注目を集めている。



この手のレストランとしては珍しく、ウッドコートはテイスティング・メニューではなくアラカルトで勝負している。筆者が訪れた際にはカニ料理の前菜が大人気で、次々と各テーブルへと運ばれ賞賛を浴びていた。新鮮なカニ肉を詰めて甘酢キュウリやキャビアなどでアクセントを添えた爽やかなタルトレットの皿の下には、3つのチーズ・ベニエが見え隠れする濃厚なロブスター・ビスクのボウルが重ねられ、2通りの調理法でふんだんにカニを楽しむ趣向だ。
メイン・コースにはぜひ、年間を通して登場するサウス・ダウンズ産の鹿肉を。サウス・ダウンズ国立公園との連携により、鹿の生息数管理の一環として鹿肉を確保しており、新鮮な野生肉をさまざまな方法で堪能できるのがいい。この日もランプ、肩、バラなどの各部位に加えて肉団子も添えられ、チコリの甘辛ソテー、洋梨のプリザーブが鹿肉特有の濃厚なミネラルの風味を引き立てていたのはさすがだ。
デザートでなど使うフルーツの大半も敷地内の木々から採れたもの。養蜂も行っているのでハチミツも自家製だ。この日いただいたルバーブ・ポーチを添えたピスタチオ・ケーキは最高だった。濃厚なバターとピスタチオのスポンジにピンク色が映え、ルバーブのムースとカスタード・アイスクリームがえも言われぬ春のハーモニーを奏でていた。



興味深いのは「ガストロパブ」という体裁を取らず、あえて「レストラン&バー」として再出発したことだろうか。自然とともに都会的な食を極めようとするウッドコートは、田園地帯にあってはかなり貴重な存在だ。ここには洗練されたフィッシュ&チップスやバンガーズ&マッシュはない。あるのはシェフの個性が反映された、ファイン・キュイジーヌなのである。
渋めのバーにはもちろんタップ・ビールはない。代わりにオーナーの名を冠したジン・ベースのカクテルや抹茶マティーニ、近隣ヴィンヤード「The Weyborne Estate ウェイボーン・エステート」の明るい黄金色のスパークリング・ワインなど地元に根ざしたドリンクが並ぶ。鹿肉用にヴィンテージのボルドーを取り揃えることも忘れない。
ミシュラン級の美食、ブティック・コテージ、くつろぎのサービス、豊かな自然や動物との触れ合い・・・。今後は施設をさらに拡張し、より多くの人々が「Farm to Fork」体験ができるよう計画中だそうだ。
これだけの土地があれば、将来的に大規模生産者としての顔も持つようになるのかもしれない。英国の田舎の可能性は、無限大なのである。
The Woodcote
https://www.thewoodcote.com
