三つ星トップを経験した凄腕シェフが、ロンドン「Lita」で体現する究極の答えとは?


世界最高峰の三つ星レストランを駆け抜けたエグゼクティブ・レベルのシェフが昨年秋から、ロンドン中心部の人気エリアにある地中海料理レストラン「Lita」で腕をふるっている。彼は経験から、何を得たのだろうか?

まだ5月だというのに珍しく30度超えの猛暑が続くロンドンで、2年目のミシュラン一つ星を維持したばかりの人気地中海レストラン、「Lita リタ」を訪れた。総料理長を務めるKostas Papathanasiou コスタス・パパタナシウさん(冒頭写真 ©Restaurant PR)の凄腕を、この目と舌で確認したかったからである。

到着5秒ほどでいきなりオープン・キッチンで手を動かすコスタスさんにお会いでき、つい「調子はどうです?」と口を突いて出てしまったのだが、シェフはすぐさま茶目っ気たっぷりにこう返してきた。「今日はまだいいね。昨日までの2日間に比べたら」と、炎とシェフたちの熱気でむせ返るキッチンに目をやってみせた。

伝統的には夏でも涼しい英国では、近年の温暖化でクーラーのあるなしにかかわらず「夏場に地獄のように熱くなるキッチン」問題は深刻化しているが、ギリシャ生まれのコスタスさんにはある程度の耐性があるに違いない、などと思ってしまう。しかしそれは都合のいい推測だ。なぜなら10代半ばでスイスに研修に出かけて以来、短期間のシンガポールを除いてアイルランド、英国、スウェーデンなど、涼しげな国ばかりを渡り歩いてきたのだから。

それにしてもコスタスさんのキャリア遍歴は、なんと起伏に富み、筋が通っていて、華々しく充実しているのだろう。彼の前職がストックホルムの三つ星「フランツェン」のエグゼクティブ・シェフだと言ったら、驚かれるだろうか。

Litaは、考え抜かれたインテリアも見どころの一つ。シェフをテーマにした絵画で知られる現代アーティスト、ジャック・ペニーさんの遊び心あふれる作品が、この店のリラックス感を教えてくれる。
クリーミーなカルーガ・キャビアとアボカドを美しく盛り付けたデカダンなカナッペ。ベースはフォカッチャ。アボカドとキャビアの組み合わせはありそうであまり見ない。
総料理長(カルナリー・ディレクター)のコスタスさん。チームへの信頼が厚く、現場主義。非常にリラックスした雰囲気。

コスタスさんは少年時代に英国の料理番組(我らがジェイミー・オリバーの初番組!)を観たことがきっかけで料理人を目指すようになり、16歳で料理学校の研修でアイルランドの五つ星ホテルの厨房へ。その後は英国の三つ星レストラン「The Fat Duck ファット・ダック」で幸運なキャリアをスタートし、シンガポールの一つ星「Nouri ヌーリ」、ロンドンの二つ星「The Ledbury レドベリー」、そして敏腕事業家がプロデュースするいくつもの星つきレストランを任され、運営にまで携わるようになっていった。

転機はパンデミック後に訪れた。スウェーデン・ストックホルムの三つ星レストラン「Frantzén フランツェン」で働いていた知り合いのシェフから声がかかり、当時彼らがロンドンで立ち上げた高級レストラン「Studio Frantzén スタジオ・フランツェン」のヘッド・シェフという責任ある立場に引き抜かれた。その後、3カ国で3軒の三つ星レストランを同時運営することで知られる世界的なシェフ、ビョルン・フランツェンさんはコスタスさんをストックホルムへ呼び寄せ、2023年春、エグゼクティブ・シェフとして「フランツェン」に迎えたのだ。

ファット・ダック以来の三つ星レストランの厨房。しかもエグゼクティブ・シェフとして采配をふるう立場。コスタスさんは、三つ星キッチンの緻密さ、チーム力、エネルギーを全身で享受し、瞬く間に馴染んでいったそうだ。まさに自分が望んでいた場所だと。しかし目に見えない責任が増すにつれ、家族のこと、人生について再考するようになった。いよいよ「自分の料理とは何か」について本気で向き合い始めた時にもたらされたのが、「Lita」のポジションだった。

この眩いばかりのキャリアの先にある彼自身の料理とは、一体どのようなものなのだろうか。

フレッシュ感があり、フルーティーにさえ感じたハマチ料理。(実は以前のメニューから特別に作っていただいた一品)
古代種のズッキーニ2種を使った美しいサラダ仕立ての旬の一品。松の実とイタリアン・チーズのクランブルがアクセント。見た目通りフレッシュで、かつ奥深い味わいだった。
スコットランド・オークニー産、手潜り漁で採ったホタテ。カボチャ風味のソース、シトラス、ブラウン・バターで仕上げ、ロブスター・ビスクで。この美しくシンプルな一品に、コスタスさんの自信を垣間見る。
非常にリラックスした雰囲気を漂わせるメインのアンコウ料理。この料理の裏側に、シェフの技術とセンスの全てが詰まっている。

メイン・コースには、例えばアンコウの料理がある。

英国コーンウォール産アンコウはヒレのみを使う。5%の塩水に1時間浸したあと乾燥させ、炭火でグリル。一面のみ色づくまで焼き付け、後はグリル器の上段でゆっくりと火を通すことで驚くほど柔らかい肉質に仕上がる。それをブラウン・バターで風味づけしておく。皿にハリッサ風味のエマルジョンを敷き、ウイキョウとディルのサラダ、アサリ入りブールブラン・ソースの順で構築したベースの上にアンコウをのせ、ブラウン・バター・ソースを回しかけて仕上げる。隠し味は柚子胡椒。付け合わせにギリシャ風のシンプルな(しかし時間をかけて下ごしらえをした)季節のトマト・サラダが添えられている。

考え抜かれた一皿でありながら、決して奇を衒わず、ありのままの素材を技術で磨き上げ、シンプルに供する最高の美食。これが現在、シェフ・コスタスの向かっている場所そのものではないか。

シェフは言う。「地中海料理という看板は、一つのスタイルの表明にすぎません。Litaで私がやっているのは、これまでの仕事や旅で自分が経験したこと全てを反映させ、自分にしかできない料理を創り上げることです」。

ではご自身の料理とは? 「なるべく威圧的にならないようにと思っています。素材を理解し、シンプルでミニマルなプレゼンテーションを心がけている。目指しているのは、1日の終わりに食べたいと思ってもらえるものですね。シンプルで、食べて本当に美味しいと感じるもの。Litaにまた戻ってきたいと思ってもらえるような、ここにしかないものを。例えばチョコレート・タルトなんてどの店にもあるかもしれませんが、うちのは本当に特別ですから」。

Litaのチョコレート・タルトは、シェフが望む濃厚かつ重すぎない味と舌触りを実現するため2種類のチョコレートを使い、コーヒー風味のヘーゼルナッツとフルーツのソルベが彩りとテクスチャーを添える。シェフの思いが詰まったデザートなのだ。

上品な季節のイチゴのデザートの下には、オリーブ・ビスケットが横たわっている。
コーヒー風味のヘーゼルナッツを散らしたチョコレート・タルト。マットな舌触りのブラック・カラントのソルベと最高の相性を奏でる。

「威圧的にならないように」と、コスタスさんは何度も口にしていた。これは三つ星レベルのレストランを多く経験してきたシェフだけが口にすることが許される、一種の叫びのようにも感じられる。

ロンドンではレストラン・メニューの価格も著しく高騰しているが、方向性としてはメニューもインテリアもカジュアル化が進んでおり、「最高のクオリティ」が必ずしも計算し尽くされた料理のデザインや格式ばったインテリアに反映されるわけではないことを、多くの業界関係者や食通がすでに体験し始めている。

「高級レストランのカジュアル化」現象は今に始まったことではないが、厨房の中、そして生産者は変わらぬクオリティを維持しており、スタイルだけがカジュアル化しているということだ。Litaはまさにそういった通好みのエレメント全てを、シェフ・コスタスの経験を基にエフォートレスに提供する、ロンドンでも有数のレストランだと感じた。

またアラカルトで勝負していることも、一つのトレンドかもしれない。客は3皿を選んで一人5万円を使うかもしれないし、豊富なスターター・セクションからいくつかの皿をシェアしてグラス2杯のワインで済ませることもできる。スタイルは多様で、楽しみ方はあなた次第。Litaは多くをオファーしてくれる。私も再訪を楽しみにしている。

Lita
https://www.caractererestaurant.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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