スシが独自の進化を遂げているロンドンのフード・シーンにおいて、「手巻き寿司」という新たなビジネスが躍進を遂げようとしている。その最先端で牽引してきた専門店「Temaki」の華々しい今をレポート。
ロンドンでは日常的な食事シーンに当たり前のように他国キュイジーヌが入り込み、「今日はイタリアン、明日はカレー、娘は寿司で、親はメキシカン」というような無国籍な食文化へとシフトしつつある。20年前には考えられなかったことだ。
和食メニューも高級懐石から寿司、天ぷら、カレーにラーメン、お好み焼きやたこ焼きなど、日本と同様の細分化が見られ、驚くほど多くのジャンルが取り込まれていく中で、寿司の派生系である「手巻き」の知名度も上がりつつある。その最大の功労者が、「Temaki」と呼ばれるロンドン初の手巻き専門店だ。
こちらの記事で南ロンドンの庶民エリアに誕生した「Temaki」を紹介したのが、ちょうど4年前。こだわりの味とカウンターのみの気取らない雰囲気でカルト的な人気を集めた。その後、ロンドンには後追いで「Ukiyo」「Romeo San」などいくつかの手巻き専門店が誕生。いずれも好評を博しており、手巻きバー文化は徐々にロンドンの寿司風景を塗り替えつつある。
その「Temaki」が古巣の南ロンドンを後にして、この6月に英王室ゆかりの不動産業者とのコラボレーションで中心部の高級エリア、メイフェア地区に移転した。これは言うなれば「栄転」であり、「手巻きバー」というコンセプトが投資としても手堅く、いかに注目されているかの動かぬ証拠でもある。


創業時を担ったシェフは新たな冒険へと出かけ、ここ数年チームを引っ張っているヘッドシェフは、ハンガリー人のマーク・トッターヴァイク Márk Totterveichさん(冒頭写真)だ。相当数の常連客がついていた南ロンドンの人気店を閉め、メイフェアという見知らぬ土地にやってきたことは「大きな挑戦だ」とマークさんは語る。しかし、新規店の混雑具合からしてすでに成功の兆しは十分だ。高級寿司カルチャーが根付いているこの街ならではのドラマが、これからどんどん展開されていくのだろう。
なにしろ「Temaki」の美味さはお墨付きだ。つや姫を使った赤酢の完璧なシャリ、目利きが選ぶ近海ネタ、それらをまとめる職人の技術。オープン当初も美味しかったが、現在の方がシャリの旨さが増し、味がスタイリッシュにまとまっている。人気のロブスターと卵黄味噌、焼きホタテとチリマヨ・ソース、赤身・大トロ・キャビアなど、常時12種類の手巻きやおつまみを目指す客で、早くもカウンターが埋まっていく。一晩に軽く3回転はしそうな勢いだ。
日本はもとより、ロンドンの競合寿司店でもあまり見かけないメニューも並ぶ。例えばA4ランク和牛のスライダー、ソフトシェルクラブのサンドイッチなど、およそ寿司屋とは思えない挑戦的な顔ぶれだ。これは南ロンドンらしい進取の気風をメイフェアに持ち込み、保守的な土地を耕していく試みなのではと思っている。


筆者がロンドンのレストランでよく見る一般的な手巻きスタイルは、タコス・ホルダーに開いたままの手巻きを置いて提供するというもの。テーブル・サービスに合ったやり方だが、「Temaki」のように職人がクラフト食材を組み合わせ、目の前で巻いて手渡してくれる高揚感は、握りと変わりない。
特筆したいのは、「Temaki」特有の巻きの閉じ方。海苔の横幅の端に短冊状に切り込みを入れ、海苔の上に具材を置いた後、短冊の部分を切り離し、底に差し込んで下を閉じながら巻く。その技は非常にエレガントで、液体が漏れない、なかなかのアイディアだ。筆者は「Temaki」でしか見たことがないのだが、日本では一般的なのだろうか。


手巻き専門店というコンセプトは元々、10年ほど前に変わり寿司の故郷でもある北米西海岸で生まれ、ロンドンへやってきた。日本では手軽な家庭メニューというイメージだが、海外ではおしゃれで食べやすい、握りと巻き寿司の中間にある親しみやすい寿司として、少しずつ市民権を得てきている。
その中で「Temaki」がすごいのは、2021年の創業直後からすでに味もスタイルも確立されていたことだ。そのトップクオリティを維持しつつ、当時のやり方をほぼそのままここメイフェアでも踏襲していること。それが可能なのは先輩職人がうまく後進を育てているからにほかならない。日本ではない場所で、確実に「手巻き職人」たちが育っている。彼らが地方へ飛び火すれば、さらに手巻きカルチャーが英国に根付いていくことになる。
何を面白いと思うかは起業家次第だが、それにしても日本にはまだまだ、自分たちで気づかないビジネス・チャンスが眠っていそうだ。
Temaki Mayfair
https://temaki.co.uk
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni
