2025年12月、「イタリア料理」がユネスコの無形文化遺産に登録された。
それはパスタやピッツァといった個別の料理ではなく、食卓を囲む習慣や、土地と結びついた食材、そして人々の関係性を含めた文化そのものが評価された出来事である。
では、その文化の本質とは何か。
イタリア・アブルッツォを拠点にしながら、世界各国のブルガリ ホテル内のレストランを監修するシェフ、ニコ・ロミートはこう語る。
「イタリア料理は単なるレシピではありません。テーブルを囲むという行為そのもの。その土地のプロダクトや生産者との深いつながりであり、それらを人が集まって一緒に食べるというそのすべてを象徴するものだと思っています」

ロミートの言葉が示すのは、イタリア料理が単なる調理技術の体系ではないという事実である。
それは、誰と食べるのか、どのように時間を共有するのかといった、人と人との関係性そのものと切り離すことができない。
イタリアでは、食卓は単なる食事の場ではない。家族や友人が集まり、会話を重ねる中で、時間を共有する場所である。そこには料理と同時に、関係性や記憶が蓄積されていく。
ユネスコの無形文化遺産として評価されたのも、まさにこの点だった。料理そのものではなく、食を中心にした文化的営みが、イタリア料理の本質として認められたのである。
では、その文化はどのように成立しているのか。
ロミートは、イタリア料理の最大の特徴として「多様性」を挙げる。
「イタリアには地域ごとの多様性があります。国土が細長く伸びているため、北から南、山から海まで、料理は大きく異なります」
つまり、イタリア料理とは単一のスタイルではない。
各地の風土や歴史の中で生まれた料理が積み重なり、一つの大きな文化を形成しているのである。
北部では、サフランの香りをまとったリゾット・アッラ・ミラネーゼや仔牛の骨付きすね肉を煮込むオッソブーコといった、バターや畜産文化に根ざした料理が発達した。ロミートのスペシャリテの1つ、ヴィテッロ・トンナートもこの地域の料理だ。
中部に目を向ければ、タリアテッレ・アル・ラグーやトルテッリーニ・イン・ブロードといった手打ちパスタ、そしてビステッカ・アッラ・フィオレンティーナに代表される肉料理が、この地域の食文化の核を成している。ロミートの拠点、レアーレがあるアブルッツォ州もこのエリアで、串焼きのアロスティチーニをはじめとする羊肉料理は遊牧民の食文化を今に映す。

一方、南部ではピッツァ・マルゲリータのように、トマトやオリーブオイルを基調とした軽やかで開かれた料理が広がる。東京のレジデントヘッドシェフのマウロ・アロイシオも、トマトやナスを使ったカポナータ、パスタ・アッラ・ノルマなどで知られるシチリア島で幼少期を過ごした。
いずれも異なる地域に根ざした料理だが、それらが共存していること自体が、「多様性」というイタリア料理の特徴でもある。
「単一の“イタリア料理”があるのではなく、地域ごとのスタイルが集まり、全体像を形成しているのです」
ロミートのこの言葉が、イタリア料理の構造そのものを端的に示している。
そしてロミートは「アブルッツォ出身ではあるけれど、その前に自分は『イタリア人』だ」といい、だからこそ「イタリア料理」のレストランである「イル・リストランテ ニコ・ロミート」では様々な州の料理が提供されるのだ。
その文化の原点、地域の最小単位といえるであろうものが、家庭の食卓だ。
ロミートは幼少期の記憶として、家族で囲んだ日曜日のランチを挙げる。
ラザニア、肉のロースト、リコッタを詰めたラビオリ——。
それらは特別な料理であると同時に、家族の時間そのものだった。
イタリアにおいて、日曜日の昼食は単なる食事ではない。家族が集まり、時間を共有する場であり、その中で料理は記憶として刻まれていく。
このブルガリホテル東京の45階に位置する「ブルガリ バー」で提供されるサンデーブランチも、まさにその記憶の延長線上にある。
レストランでありながら、そこには家庭の食卓の感覚が再現されているのである。

これまで「イル・リストランテ ニコ・ロミート」では世界のすべてのレストランで同一のメニューが提供されてきたが、この春から各国ごとに異なるメニューの導入が始まった。そんな東京シグネチャーの2皿のうちの1つ、「和牛ラグーのリングイネ」はレジデントヘッドシェフ、マウロ・アロイシオの幼少期の記憶を現代のリストランテのメニューに昇華したものだ。

トマト、ケイパー、オリーブ、オレガノなどで構成されるピッツァ・マリナーラのソースでピザ職人が肉を煮込んで賄いにしたといわれる「カルネ・アッラ・ピッツァイオーラ」。その発祥はナポリだが、イタリアにおいて郷土料理とは起源だけでなく、どこで食べられ続けてきたかによっても定義される。実際に南イタリアでは広く食べられており、シチリアで生まれ育ったアロイシオの家の食卓でも定番メニューの1つだった。
それをパスタ料理として、しかもモッリーカの代わりに酵母を軽くローストしてふりかけて発酵由来の香りや繊細な風味を加えることで、レストランで提供される一皿として洗練させたのが、「和牛ラグーのリングイネ」だ。現代的な構成と技術によって完成された料理だが、その源流を辿れば、そこには幼い頃の食卓の記憶がある。
このプロセスは単なる料理の再構築ではない。
レストランの料理として昇華された一皿の奥に、個人の記憶と地域の文化が確かに息づいている。
そしてまさにその重なりこそが、ロミートの言うイタリア料理——すなわち、土地と人とがテーブルを囲むことで生まれる文化の、本質の一端なのである。
こうした郷土料理、その最小単位としての家庭料理の多様性を、初めて一つの文化として整理した人物がいる。
19世紀の食文化研究家、ペッレグリーノ・アルトゥージである。

彼の著書は各地の料理を集め、再現可能な形で提示することで、イタリア料理の輪郭を可視化した。
ロミートもまた、その価値を認める。
「あの時代に地方料理、すなわちイタリア料理のアイデンティティを辞書のような形でまとめ、それが今でも世界中で読まれていることは本当に素晴らしいです。実際私も彼の本は何度も読み返していますが、あの時代にこんなに近代的な方法を使っていたのか、と今でも驚かされています」
アルトゥージの仕事は過去の遺産ではない。
その思想と方法は、現代の料理人にとってもなお有効であり、イタリア料理の基盤として生き続けているのである。
ロミートは現在、世界各地でイタリア料理を提供する立場にある。
その中で彼は、自らを「イタリアらしさの伝道者」と位置づける。
「私たちの使命は、イタリアのルーツに忠実でありながら、その土地の食材や感性にも寄り添うことです」
ここには重要な視点がある。
イタリア料理は固定されたものではなく、環境に応じて形を変えながらも、その本質を保ち続ける文化であるということだ。
その思想を形にしたのが、今回の新たな取組だ。これまで世界中の各拠点で同一の料理を提供してきた「イル・リストランテ ニコ・ロミート」で、初めて各国ごとのシグネチャーディッシュが導入されたのだ。
ニコ・ロミートと各地のレジデントヘッドシェフとの協働により生み出される料理は、その土地ならではの食材の特性により深く焦点を当て、ニコ・ロミートの哲学に基づくイタリア料理として仕上げられている。ブルガリ ホテル 東京では、先のリングイネに加え、もう一皿が象徴的である。
「伊勢海老の煮込み ほうれん草とそばの実 唐辛子のアクセント」は、日本で出合った食材を組み合わせた料理である。しかしレジデントヘッドシェフ、マウロ・アロイシオは明確に言う。
「食材は日本のものであってもその活かし方、イタリアらしさは100%の料理です」

さらに自身のイタリア料理のアンバサダーのような役割をとても重要なものと位置づけ、「イタリア料理、イタリアらしさを世界に広める。日本のお客様にそれをお伝えするのが、自分はとても好きです。よくフュージョンと言われがちですが、それは絶対にフュージョンではないのです」
ここで重要なのは、食材の出自ではない。
料理を成立させる思考、構造、文法——それこそが文化なのである。
また、この取組には二つの目的がある。
一つは、その土地でしか生まれない料理を創出すること。
もう一つは、若い料理人の創造性を育てることである。
イタリア料理は、そのままの形で守られるだけのものではなく、創造性によって更新され続ける文化なのだ。
そうして更新され続けた未来について、ロミートは「これから先、大事になって来るのは健康、そして食を通じた長寿について。実際にイタリアでも若い世代の人たちが地中海式の食事、ヘルシーなものを食べようという考えに戻って来ています。野菜など体に良いものを、という方向にどんどん向かっていくのではないでしょうか」と語る。
健康な食事、それはもともとイタリア料理が内包してきた、土地の食材を生かし、人が集まり、共に食べるという営みの中に自然に含まれていた要素である。食を通じて身体を整え、季節や土地に寄り添いながら、人と時間を共有すること。そうした行為の積み重ねが、結果として健康をもたらしてきた。
つまり、ロミートが語る未来とは、新しい方向への転換ではない。
健康という要素を含めた食の営みそのものへと立ち返ること、すなわちイタリア料理の本質への回帰なのである。

改めてイタリア料理とは何か。
それは一皿の中に閉じたものではない。
土地の食材、生産者、人々の関係、そしてそれらを共有する時間——そのすべてを含んだ文化である。
19世紀、アルトゥージは各地の料理を集め、その輪郭を言葉として示した。
そして現代の料理人たちは、それをそれぞれの場所で更新し続けている。
記憶として受け継がれる家庭の食卓。
地域ごとに異なる食材と料理。
土地を越えて展開されながらも、その本質を保ち続けるレストランの一皿。
そして、健康というかたちで身体に還元される食の営み。
それらはすべて、本来ひとつの連続した流れの中にある。
ニコ・ロミートは、その本質をこう言い表した。
——テーブルを囲むという行為そのもの。
マウロ・アロイシオは、ここ東京の「イル・リストランテ ニコ・ロミート」を、“イタリアらしさ”を最も理解してもらえる場所にしたいと語る。
レストランとは単に料理を提供する場所ではない。
そこには土地の記憶があり、生産者とのつながりがあり、料理人の解釈があり、それらを共有する時間がある。
つまりレストランは、イタリア料理という文化を、最も凝縮された形で体験する場である。
その中でも「イル・リストランテ ニコ・ロミート」はニコ・ロミートとマウロ・アロイシオという2人のシェフにより、日本、東京という土地でイタリアの食文化を翻訳しながらもその本質を損なうことなく伝える、特別な接点としての役割を果たしている。
イル・リストランテ ニコ・ロミート
https://www.bulgarihotels.com/ja_JP/tokyo/dining/il-ristorante-niko-romito
ブルガリ ホテル 東京
https://www.bulgarihotels.com/ja_JP/tokyo
text: 小林乙彦(料理王国)
