2月10日、十勝の食関連業の人々が集う「十勝フーディーズ」の初の交流イベントが帯広のレストランで開かれた。「食のサステナビリティを見つめ直し、地域と企業が共に新しい食の価値を創出する」とうたう同会がこの日取り上げた話題は「酪農とエゾシカ」。(株)明治のメンバーも参加し、同社の「乳酸菌発酵液」によるエゾシカの発酵熟成ジビエを提案した。参加者はエゾシカをメインにしたコース料理を味わいながら、地域の課題について立場を越えて語り合った。
前提として、乳製品やお菓子のイメージが強い明治がなぜジビエにアプローチするのだろうか。その背景には、同社と縁の深い十勝の酪農業の深刻な悩みがある。
まず知っておきたいのが、増えすぎたエゾシカが酪農家を苦しめている現状だ。北海道の牧草のエゾシカ被害額※1は令和5年に20億円に達する。その一方、駆除したエゾジカを肉などに活用する比率は20%※2とまだまだ低い。

そこで求められるのが、産地の被害を少しでも減らし、肉を役立てる流れの確立だ。まずはハンターや食肉処理業のモチベーションをより高めたい。それにはジビエ需要の拡大、つまり様々な場面で多くの人に食べてもらわねばならない。最も効果的なのはそのおいしさを広めることだが、付加価値の高い飲食業の場合は特に、ジビエの扱いには畜肉とは違う技術や設備が必要だ。
明治の発酵技術は、この流れの「おいしさ」と「扱いやすさ」の力点に働きかけることができる。こうした課題解決の視点を複数持つことで、肉の発酵というテーマが事業化されていった。
※1 北海道「野生鳥獣被害調査」R6
※2 北海道「エゾシカの生息・捕獲等、被害及び有効活用の状況」R8
ジビエや経産牛肉の価値を、もっと高めたい。手法のひとつは熟成だが、技術を要し日数もかかる。この課題に挑戦するのが、2025年に明治が開発した「乳酸菌発酵液」だ。
明治が自社の研究所に保存する5000種以上の乳酸菌ライブラリーから選ばれたのは、偶然にも十勝由来の乳酸菌だったという。開発にあたった明治イノベーション事業戦略部によれば、その特徴は大きく4つある。
使い方は、液状の製品に肉を漬け込んで密閉し、冷蔵保管するだけ。たった3日程度置くことで、通常数週間かかる熟成と近い状態になるという。
実際に使っているシェフや肉のプロからは、「数日漬け込むだけで柔らかく、肉の旨みが感じられる」、「赤身の多い部位や塊肉も柔らかく仕上がる」、「脂身がよりおいしくなる」といった声が寄せられている。
漬け込んでも余分な味がつかないため、和洋中に幅広く使うことができ、調理法の自由度も高い。同社の製品ページでは、採用したお店の調理例やレシピも見ることができる。

冒頭紹介したように、「十勝フーディーズ」は十勝の食産業の課題を軸にした交流をめざしている。主催する(株)ファームノート(帯広)は、酪農業のDXを推進する十勝発のテック企業だ。酪農家と関わりの深い同社の声がけで、十勝の若手生産者や食のエキスパート25名が会場のレストラン「CARDINAL」に集まった。
イベントではまず、進行役を務めたファームノートCMO、下村瑛史さんの紹介で、オーナーシェフの加藤喜啓さんがその日に提供する料理を説明。続いて、ファームノート代表取締役、小林晋也さんが開会を宣言した。
明治には、新規事業を担うイノベーション事業戦略部がある。小林さんは同部 グループ長の亀田さんからエゾシカ肉と乳酸菌発酵液の可能性を聞き、「十勝の生産者や経営者の皆さんと共に実食して語り合いたい」とこの会を企画したという。「明治は十勝の名を全国区にしてくれた企業です。十勝を牽引する皆さんとの距離がもっと近くなることで、新たなコラボレーションが生まれる可能性を感じています」と開催の思いを述べた。

料理の合間に、亀田さんが明治の新規事業の意図についてプレゼンテーションを行った。
この日の料理に関わった2つのプロジェクトは、以下の2つ。
⚫️フレッシュチーズスタジオ
北海道十勝の国産カード(チーズの原料となる凝乳)から、できたてのフレッシュチーズを提供する事業
⚫️発酵ソリューション
食肉を発酵熟成させる、乳酸菌発酵液を提供する事業
対象は牛乳と食肉で異なるが、どちらも「新市場の創造と社会課題解決の同時実現」という当部が目指す新規事業の姿から出発している。
また、この課題に持続的に取り組むための循環モデル(下図)も示された。仮にこのような「食×環境の循環」が動き出せば、料理界が地域課題に関わっていく筋道も見えてきそうだ。

主菜のエゾシカのローストが登場したタイミングで、明治イノベーション事業戦略部の西村祐樹課長が乳酸菌発酵液の特徴を解説した。
「この乳酸菌はタンパク質分解酵素の産生能力が非常に高い。以前から『お肉をヨーグルトに漬けるとおいしくなる』と言われますが、その効果を劇的に高め、かつ酸味が出にくくなっていることが利点です」と説明。前述した4つの特徴についてもデータを示しながら解説した。
この技術はすでに国産牛や豚などさまざまな肉の加工に使われているほか、一部の府県ではジビエへの試用も始まっている。西村さんは「報道を見て酪農業へのエゾシカ被害の深刻さに驚きました。そうした文脈も含め、私たちの発酵技術を役立てる方法をさらに考えていきたい」と語りかけた。


デセールが出た頃に、加藤シェフが肉について解説した。今回使ったのは、むかわ町のハンターから届いた1歳半雌の内モモだ。モモ肉は自然熟成が進まないよう一旦冷凍し、提供3日前に解凍。これを乳酸菌発酵液と共に真空密閉して4℃で冷蔵し、提供当日に開封して火入れを行った。
加藤シェフは、「レストランの厨房で安定した加工が行える点が魅力ですね」と言い、調理時の印象について「肉の保水力が高いので初めは火が入りにくく、注意が必要でした」とコメント。
ゲストで参加した「マリヨンヌ」小久保康生シェフ(帯広)は、「おいしかったです。今回は月齢が若くて癖のないお肉でしたが、次の機会には乳酸発酵液を使わないものと比較もしてみたい」とのこと。
十勝でヴィニュロン(ブドウ栽培から醸造まで手がけるワイン生産者)をめざして就農した「レヴノーブル」の眞鍋弘熙さんは、「肉の軽い乳酸発酵のニュアンスは、十勝産の自然派のワインと相性がよかった」と、マリアージュの可能性に言及していた。
終盤、ハンターでもある北海道ホテル社長、林克彦さんは「エゾシカの農業被害は増加の一途。これは酪農家さんにとっては死活問題」と改めて問題提起。「大切なのはシカ肉をおいしく食べていくこと。僕らも行動していくので、企業にもシェフの皆さんにもぜひ頑張って頂きたい」とエールを送った。加藤シェフの挨拶に続いて明治イノベーション事業戦略部・中村部長が閉会の挨拶に立ち、感謝を述べた。


十勝の食は豊かで強靭だ。「食糧自給率1000%超え」の生産力はもちろんだが、生産からお皿の上まで業種を越えた人の輪が、十勝をより強くしている。会が取り上げた獣害や酪農家減少に対しても、ひとりひとりが当事者として考える姿が印象的だった。
明治のメンバーが口々に語った「地域課題への貢献の道を、現場の人々と共に考えていきたい」という願いは、「十勝フーディーズ」との出会いで叶い始めた。ジビエをもっとおいしく、もっと多くの人に届ける。それを実践できるのは、食肉のプロと料理人だ。産地のために食のエキスパートと企業が力を合わせる「十勝フーディーズ」の試みに、今後も注目したい。
text & photo : 深江園子(エゾジカ)/主催者提供(会場)
