「自然に寄り添い、その恵みである素材を無駄なく活かす「判断」はAIには無理でしょう」。京都府北部、京丹後市でテロワールを実践する吉岡幸宣さんは言う。都市部から食通が足繁く通う繁盛店「縄屋」の店主ならではの発言だ。
京丹後市弥栄町は吉岡さんの生まれ故郷。和食の技術は京都市内の名店で仕込まれたが、獲りたての海の幸や、自分で育てた野菜で料理をしたかったから、都市部での独立は考えなかった。生家は、300人もの料理を届けることもある仕出し店。スーパーも併設していたので、素材を見る目も養われた。吉岡さんのUターンをきっかけに、そこは12年前、「縄屋」に生まれ変わった。
「新しいおいしさは追求したいけど、伝統の味を守って先代からのお客さまも大切にしたい」と考える。しかし、昔と今とでは獲れる魚も違うし、「おいしさ」に対する感覚も微妙に変化している。「時代の味」に柔軟に対応していくこともAIには難しいだろうと予測する。
「そこまでできるAIが登場したら、頼れる相棒として認めます」
現在、2台のスチームコンベクションや真空包装機などを使いこなす吉岡さんにとって、厨房機器は良きパートナー。「相棒が進化したら、創作にもっと時間がかけられる」と、むしろ進化を心待ちにしているのだ。
店名に「魚菜料理」と冠しているように、野菜と魚のよさを活かした料理。たとえばマナガツオの塩焼きは、スチームコンベクションと炭火を用いて、身はしっとり、皮はカリっと香ばしく焼き上げます。塩味だけでも十分おいしく召し上がっていただけると思いますが、野菜を乳酸発酵させたソース「野酵酢」を付けると幾通りにも旨味が楽しめます。野菜は家族で育てていて、ズッキーニ、ナス、キュウリ、シソなどの野菜がたくさん収穫できた場合は、配合を考えながらソースにして保存しておきます。
魚料理にこだわるのは、天然ものには個体差があるから。脂や水分をどのくらい含んでいるかについては、色やおろした時の感触などで見当をつけます。数値化は難しく、長年の経験が役立つ分野なので、キャリアを積むほどに感覚は磨かれていく。こうした感覚がモノをいう料理だからこそ残したいと思います。
料理人の感性が支える部分を数値化することはできませんが、材料の分量や火入れの温度帯など、数値化できる点は数値化すべきと思います。さまざまなデータから理想的な数値を導き出すのは、AIの得意とするところではないでしょうか。数値化すれば、後輩たちへの技術伝達も効率よくできます。
数値化については、今、自分でも炭とスチームコンベクションを用いて実践しているところです。魚を炭火で、最高のコンディションに焼き上げ、その状態をスチームコンベクションで再現することで数値化するんです。おいしさを判断したり、個体差を見極めたりするのは僕たち人間の領域ですが、それが機械によってある程度普遍化できれば、大人数のゲストにも無理なく対応できます。
また僕は、経理など経営面での仕事が大の苦手なので、AIにはそうした分野のサポートも期待したいですね。
僕のように地方で店を開く料理人には特にテロワールがカギとなります。地元の食材のよさを熟知しているから広くアピールしたいという気持ちが強いのです。
現在、うちの店を切り盛りするのは、僕と妻、そして先代に当たる母。3人で店の営業はもちろん、仕出しや畑仕事などもこなしているので時間的ゆとりはあまりありませんが、テロワールや手作りのよさが店の個性につながっていると思います。オリジナルのジャムやソースなども好評で、発送作業に追われる時期もあります。
野菜については近所の信頼できる農家からも仕入れていて、それは、「お客さまにおいしさだけでなく安心や安全も味わっていただいている」という自信につながっています。現在は、焼き場の炭は県外のものを使っていますが、今後は食材以外でも地元産にこだわっていきたい。こうした発想も地元を愛する人間ならではのものですよね。
魚菜料理 縄屋
京都府京丹後市弥栄町黒部2517
0772-65-2127
● 12:00~13:00、18:00~20:00(入店時間) 完全予約制
● 火、水の夜休、そのほかに不定期の休みあり
● 20席
上村久留美=取材、文 村川荘兵衛=撮影
本記事は雑誌料理王国第291号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第291号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。