雄大なアルプスの麓、南チロルと呼ばれるアルト・アディジェ。イタリア最北のワイン産地でもあるこの地域を詳しく知っている人は多くないかもしれないが、豊かな地域文化と風土と歴史に育まれた郷土料理があり、それらとともに優れたワインが造られている。昨今注目される山のワイン産地としても知っておきたいエリアだ。2023年9月に現地で開かれたメディアイベント「アルト・アディジェ ワインサミット」をレポートする。
イタリアは20の州それぞれで地域の歴史や風土に合わせて食文化が発達してきた。「トレンティーノ=アルト・アディジェ州」の北側に位置するアルト・アディジェのそれもまたユニーク。オーストリアとスイスに国境を接し、優美なリゾート地として知られるドロミティ渓谷や景勝地ガルダ湖に近い、イタリアきっての風光明媚なエリアである。南チロルと呼ばれる由来は、ハプスブルグ領だった歴史が長いからで、第一次世界大戦後に南側のトレンティーノ州と合併してトレンティーノ=アルト・アディジェ州となった経緯をもつ。南側のトレンティーノと異なり、アディジェはゲルマンの文化が色濃く生活に根ざしている。
ブドウ栽培の歴史も古いアルト・アディジェではこの地ならではの多くの固有品種が植えられており、また国際品種でも成功している。白ブドウはピノ・ビアンコ(ピノ・ブラン)やピノ・グリージョ(ピノ・グリ)、シャルドネなどいずれもクリーンでフレッシュ。ゲヴェルツトラミネールやミュラー・トゥルガウなど、堅固ながら、キレのよさと華やかさを併せ持っているのが特徴的。黒ブドウは冷涼地に相性がよいピノ・ネロ(ピノ・ノワール)を産出するほか、2つの特徴的な品種がある。高い酸度と淡い色が特徴的でスリム〜ミディアムなボディのワインに仕上がるスキアーヴァ。もうひとつは色が濃くて熟成に時間を要し、野生味にあふれるラグレイン。いずれもそれぞれ、この土地の料理に見事に合う特徴をもっている。
アルト・アディジェ ワインを知るキーワードは「ミネラリティ」、「ハイクオリティ」、「フードフレンドリー」。わかりやすく解説していこう。
面積の多くを山岳地帯が占め、ブドウ畑も標高200〜1000メートルの高地に広がっている。山岳産地は通常であれば冷涼でブドウが完熟しづらい地域も多いのだが、ここアルト・アディジェは北側のアルプス山脈が冷たい山の風が遮り、亜地中海性気候のガルダ湖周辺から温暖な空気が流れ込んでくる。加えて年間を通して十分な日照時間があるため、山の産地でありながらブドウがしっかりと成熟する環境にある。
アルト・アディジェのワインの最大の魅力は、この山の土壌に由来する豊かなミネラル分だ。現地にいくと街道沿いにそびえる白っぽい岩石を見ることができる。これがドロミーティ渓谷に由来するドロマイト(白雲石、苦灰石ともいう)で、マグネシウム入りの石灰岩。南部のトラミン村を代表する協同組合ワイナリー「トラミン」のウォルフギャング・クローツ氏の説明によると、マグネシウムは植物が成分バランスを保つために必要とされる栄養素で、特にゲヴェルツトラミネールの生育には不可欠な要素だという。また火成岩の一種である斑岩(ポーフィリー)と呼ばれる赤い岩石も広く見られる。まさに赤い岩という意味をもつワイナリー「ロッテンシュタイナー」のジュディスは、「アルト・アディジェの固有品種である2つの黒ブドウ、スキアーヴァとラグレインはこの斑岩土壌で育つ」という。これらのユニークな土壌で育まれたワインはミネラル分に富んだ味わいとなる。
アルト・アディジェのワインは総じて高品質。生産量はイタリア全体の約1%と少量ではあるがその中の98%がDOC(統制原産地呼称)認定されたワイン。土地に適合した品種や栽培方法、収量や熟成方法といった規定を守って造られ、確かな品質が保証されているワインほとんどだ。
この背景として、協同組合(コーポラティブ)によるワイン造りが成功していることが挙げられる。小規模栽培農家が多いアルト・アディジェでは古くから協同組合が存在し、農家から買い上げたブドウを最新鋭の機器で醸造するというシステムが確立されている。ブドウの質は引き取り価格に反映されるので栽培家も常に良質なブドウ栽培のために尽力する。いずれの組合にも農学研究者や教育を受けた栽培・醸造のプロが専任で勤務。ワイン生産をサポートする農業や醸造の研究機関もあり、プライベートのエステートワイナリーや独立系生産者もこうした専門家たちと連携しつつ、品質の向上を図っている。
畑にフォーカスし、その個性を活かしたワイン生産は世界の先進的な産地でのトレンド。ここアルト・アディジェでもより優れたブドウを生む畑を「ヴィーニャ」として認定し、単一畑としての醸造とその畑名の表記が許可されている。小区画でワイン造りはそのテロワールをより表現でき、品質にも優れる。ワインのエチケットに「Vigna」の記載があれば、その証。
アルト・アディジェのワインは、昨今の食のトレンドにマッチするフードフレンドリーな味わいであることも見逃せない。白と赤合わせて20種あまりの多彩な品種が栽培され、単一品種やブレンドの多彩なワインが造られているが、いずれも料理に合わせやすいものが多いのだ。郷土料理とのマリアージュを参考にしたい。
ソフトな舌触りで飲み飽きることのないピノ・ビアンコは、アルト・アディジェでもっとも愛されている品種で、これを飲みながらアペリティーヴォを楽しむのが現地の定番。豚モモの生ハムに軽く燻製をかけたスペックはアルト・アディジェのDOPの生ハムで、アペリティーボだけでなく朝食としても食べられる。また、瓶内二次発酵の高品質なスパークリンワインは、チーズやシャルキュトリー、野菜のピンチョスなど、あらゆる前菜にマッチする。
同じくアルト・アディジェを代表する白ブドウのひとつであるゲヴェルツトラミネールは豊かで華やかな香りをもち、ボディはしっかりとしているので、前菜だけでなく、豚やウサギ肉といった主菜にも合わせることができる。キャベツを発酵させたザウアークラウトはドイツ語圏のこの地域でもポピュラーで、豚バラ肉やソーセージ、川魚などと合わせて供される。ソーヴィニヨン・ブランやケルナー、ミュラー・トゥルガウなどもアロマティックでフレッシュな酸がある。またシャルドネは高品質なものが多く、部分的に樽熟成してエレガントでありながらフルボディに仕上げられるので、これもメイン料理に合わせることが可能だ。
赤ワインで知っておきたいのはスキアーヴァ。果粒が大きく生食用にもなるブドウだ。酸は低めでタンニンも少ないためスムースな飲み口、淡い色をしたライト〜ミディアムボディのフルーティに仕上がる。このワインは魚や白系肉、ソースに頼らないメインなどにも合わせることができ、料理によっては軽く冷やしてもよい。アイスバケツや冷蔵庫で冷やして楽しむ赤ワイン「チルドレッド」は世界のワインシーンのトレンドでもある。
同じく固有品種のラグレインは濃厚な色合いでしっかりとしたタンニンがあり、ワイルドな風味が特徴的。山岳エリアならではの鹿や猪などとともに供されてきた。。ジビエにこんなにぴったりなワインはなかなかお目にかかれないし、赤身肉のローストや鴨など、ガストロノミックなひと皿と見事なマリアージュを見せるだろう。
ブドウ栽培に適した気候と風土に恵まれ、伝統を重んじる勤勉な気質の生産者たちが造るワインは、キレのいい酸と堅固なミネラル、さらに果実味を備えた品質の高さを誇り、あらためて見直されているのである。
後編では、郷土料理とのマリアージュを紹介する。
アルト・アディジェのワインについて知るには
https://www.altoadigewines.com/ja/
写真・文:谷 宏美