食の未来が見えるウェブマガジン

食業図鑑「バリスタ」


銀座のエノテカ・バールのバンコからエスプレッソとともにイタリアの風を運ぶ

「ラ ヴィオラ」 中島昌浩さん

イタリア人は幸せな人たちだと思う。仕事の合間もミオ・バール(行きつけのバール)のバンコ(カウンター)でエスプレッソを一杯、また一杯。夕食タイムが近づけば、アペリティーヴォを引っかけて。食後はバールでゆったりディジェスティーヴォ……。そんな使い方ができるバールが、銀座にもあった。「ウン・カッフェ!とか言って、よくお客さまがイタリア語で注文されるんですよ」。快活な笑顔を見せるのは、イタリアン・バール「ラ ヴィオラ」でチーフバリスタを務める中島昌浩さん(31)。イタリアのバール文化の普及に日々熱意を燃やす。

「ラ ヴィオラ」では約12種類のイタリアワインをグラスで提供。毎日16時から19時は、 バンコだけの「ハッピー・アペリティーヴォ」 タイム。飲みもの1杯と8種類のフードが好きなだけつまめて1000円。バンコの利用客も徐々に増え、着実にイタリアのバール文化が浸透してきたようだ。

バリッとスーツできめたバリスタの姿に魅せられて

コーヒーが、けっして好きなわけではなかった。「ラ ヴィオラ」を経営する三笠會館に就職し、2週間ほどのイタリア研修へ赴く。渡伊は2度目だったが、料理やワインへの興味を持って本格的にイタリアを回ったのはこれが初めて。フィレンツェ郊外の小さな町の何気ないバールにたまたま立ち寄り、「衝撃を受けた」。「なにしろバリスタが格好いいんですよ!バリッとスーツ着て、ネクタイして正装しているんです」。喫茶店やカフェの「店員」とはまったく異なる、れっきとした「バリスタ」という存在。そのさり気ないダンディズムに触れて、「心の中に火がついた」。東京のカフェを片っ端から飲み歩き、自分は雑味のある酸化したコーヒーが嫌いだったにすぎないことに気づく。輸入代理店が主催するコーヒー講習に自主的に参加し、豆の知識やマシンの扱い方、イタリアのバール事情を夢中になって学んだ。

バンコの中には基本的に中島さんただひとり。店のオープンからクローズまで、ヴェネト州アストリア社製の二連のマシンと一心同体だ。「このマシンは気分にムラがあるじゃじゃ馬ですが、それがかえって人間的に思えるんですよ。たぶんこの怒り方はこっちだな、すねている理由はこれかな、と、気持ちを探ってやるんですよ。人と一緒ですね」。

バールといっても、実際イタリアにはさまざまな形態があるが、「ラ ヴィオラ」がめざすのは、ワインが飲めてコーヒーが飲める、もっともクラシカルなエノテカ・バール。中島さんはアレンジコーヒーの提供もするが、デザイン・カプチーノに過度に凝ったりはしない。どこまでもイタリア系を貫く。

夢叶って一端のバリスタになれた今、自分の道標を立ててくれたフィレンツェ郊外のバリスタを再び訪ね、お礼の意を伝えたいと思う。が、そのバールの場所も名前も、そのバリスタの顔さえも、もう思い出せないという。

オーダーを受けたらすぐ使い済みのホルダーをゴンゴン。ミルを挽いてタンピング、90℃9気圧で抽出する。この一連の動作をすばやく、的確に、リズミカルに。鮮度を重視し、豆はオー ダーのたびに挽く。豆の酸化を防ぐため、台座を利用してカップと抽出口との距離をより短くするのが中島さん流。抽出されたエスプレッソはカップの壁を伝わせることで対流を起こし、空気を含んでふんわりとした仕上がりに。

バリスタは自らのセンスで勝負。ポケットの中の仕事道具はお客とのコミュニケーション・ツールでもある。浸けるだけでワインの熟成が進むクレ・デュ・ヴァン、ボトルの澱を見るLEDライト、名ワイン醸造家からもらったソムリエナイフ、ライヨールのナイフ、舶来もののボールペン……。

[どんなお仕事?]
Barと書いてバールと読む。イタリアならではの飲食店の形態であり、そのバールの司令塔となるのがバリスタ。エスプレッソマシンを使ってコーヒーを抽出・提供することが主な職務だが、 バールにはピッツェリア・バール、ジェラッテリー ア・バール、パスティッチェリーア・バールなどさまざま複合業態がある。常連客の好みに応じたドリンクを提供したり、お客の話し相手になっ たり。お客同士の出会いの架け橋となることも。

[こんな人に向いている]
接客業が好きなことが大前提。美しい所作と気の利いたサービスが求められるバリスタは、 サービスマンとしての個性や趣味・センスも問われる。政治経済や世界情勢、芸術、ファッシ ョン、美食、街の話題まで、広く浅くでもさまざまな方面の話題に通じていることが必要。

[どうすればなれる?]
とくに資格は必要とされないので、イタリアン・バールに就職し、そのポジションに就ければなれるが、本格的なイタリアン・バールは東京でも残念ながらごく少数。カフェブームに乗り、郊外でイタリアン・バールを少額投資で独立開業するケースも。イタリアのバール文化やコーヒー 提供のテクニックについては、横山千尋著『バリスタ・ブック トップバリスタのすべて』(旭屋出版)や、門脇洋之著『エスプレッソブック』 (柴田書店)に詳しい。


text by Cuisine Kingdom/photographs by Misuzu Asayama

本記事は雑誌料理王国第165号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第165号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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