私たちが、日常の中であまり意識せずに食べている発酵食品といえば、パンなのではないだろうか。しかしその関わりは非常に深く、発酵へのこだわりは、そのままパンへのこだわりである。2017年、東日本橋のオフィス街にオープンしたブーランジュリー「ビーバーブレッド」のシェフ、割田健一さんも、そんなこだわりを持つひとりだ。
割田さんは、キャリアのスタートである「ビゴの店」や、ブーランジェシェフを務めた「レカン」グループで、多くのレストランのためにパンを作っていた経験から、とりわけ料理に合う、そしてヨーロッパのパン作りにおいて抜きん出ている。
「レストランでは、コースにパンが添えられています。けれどもそのワンカットのバゲットで、うまいかまずいかを判断される。あまり主張するものでもないんですが、そのワンカットで食べた人に『おいしい』と言わせるというのは、勝負どころです。とはいえ、小麦粉と水と塩とイースト、種だけで作られているのがパンなので、その中でどう持っていこうかっていうのは、ずっとテーマではありますね」
割田さんのバゲットが食べたいがために、わざわざレストランに行くという人もいたほど、圧倒的な完成度。そんなパンは、料理人からの信頼も厚く、「レカン」グループを退職した今でも、多くの料理人のためにパンを作っている。レストランで出すパンにおいて、発酵をどう意識しているのだろうか。
「発酵の選択肢自体はとても増えていて、発酵のさせ方で香りとか食感を変えていきます。発酵=酸味というだけではなく、発酵によって軽やかなふわっと感を味わっていただくとか、逆に、発酵はあまりさせずに小麦の風味、素材そのままを活かすというのもあります。今後は、そういった部分がより重要になっていくのかなと思いますね」
また、レストランのキッチンで作るのではなく、配送になったことで食べるまでのインターバルが長くなり、考えるべきことも増えたという。パンは、刻々と味わいや状態が変化するからだ。
「焼くまでだけではなく、焼いてからどうなるのか。日持ちさせる、ということよりもパンがどう変化するのか、3日経ったときによりおいしくなるように意識した作り方を考えています。その変化の中で、1日目でも1週間目でも、料理人が欲しい味のタイミングで使ってもらう感じですね。生ハムやチーズを作るときと同じで、そういう長いスパンで見た時の適切な発酵の使い方が、今後もっと大事なことになるのかなと思います」
「ビーバーブレッド」の店頭には、サワードゥブレッドやクロワッサンのほかにも、あんぱん、明太フランスといった日本ならではの菓子パンや惣菜パンが多く並ぶ。それはなぜなのだろうか。「『ビゴの店』では、フランスのパンをどれだけ極めるか。『レカン』では、お店のテーブルに並ぶならこういうものがいいだろう、という意識がつねにありました。今は、日本人が日本で日本のパンを作っているというのが、一番大事なことだと思っています。私はこれまであまり、そう考えては作ってこなかったんです。今は、日本人でこの日本という場所で作るのに、どういう表現をできたらいいんだろうっていうことが、いつも頭の中にあります」
その表現を広げるための手段のひとつとして発酵がある、と割田さんは言う。ブーランジュリーの世界は西洋主義で保守的な部分があるが、日本の文化を取り入れるのだとすれば、発酵を用いるのはごく自然なことだろう。
「先日、和食屋さんで八丁味噌の煮込み料理を食べたのですが、そこへカカオが入っていたんです。和食の人たちのほうがよっぽど西洋のものに興味がある。そういうことが、ブーランジュリーでも、もっとあっていいと思っています」
将来的に、日本のパンは世界で認められて、飛躍的に伸びると割田さんは予想している。
「日本独特の菓子パンや惣菜パンは、世界のどこにもない味です。寿司のような感じで、外国の方にも受け入れられていくと思っています」
そんななかで、今後、発酵にはどのように取り組んでいくのか聞いた。「日本の発酵食品を組み合わせるのは、おもしろいと思っています。たとえば、西京味噌とバニラを合わせて、カンパーニュに入れるとか。ブリオッシュに西京味噌を練りこんで、切ってトーストしたらフォアグラ感が出るな、とか。日本特有の発酵食品をうまく使いながら、味とか香りに広がりをつけるということは、もっとやっていこうというところです」
どうしても、という保守的な部分をもっと減らしていくことで、「日本で日本人が作る日本のパン」の可能性は、もっと広がっていくだろう。
カンパーニュのパン種は、それぞれ自分で起こしている。何種類か混ぜるのは、なだらかな酸味にするため。香りを大事にしつつ、酸ともっちりとした食感を出すためには不可欠だ。
腐敗を防ぐには
つねに酵母菌を扱うのがブーランジュリー。加熱するものとはいえ、雑菌は排除するべき存在となる。特別な対策を取るというよりも、雑菌を繁殖させないために必要なのは道具を清潔にしておくこと。アルコールスプレーなどで、清潔な状態を保つようにしている。また、思うような発酵を進めるためには、的確な温度管理も重要となる。
Kenichi Warita
1977年生まれ、埼玉県出身。高校を卒業後、「ビゴの店」に入店しパン職人の道へと進む。2007年には、第1回「モンディアル・デュ・パン」日本代表に選抜される。14年間務めた「ビゴの店」を退職したのち、 2011年に「銀座レカン」のブーランジェシェフに就任する。2017年に「レカン」グループを退職後の同年11月、東日本橋に「ビーバー ブレッド」をオープン。日本のブーランジュリーを牽引するひとり。
ビーバー ブレッド
BEAVER BREAD
東京都中央区東日本橋3-4-3 1F
03-6661-7145
● 8:00~19:00,8:00~18:00(土日)
● 月休・火不定休
● 平均予算 約1150円
www.facebook.com/beaver.bread/
澤 由香(本誌編集室)=取材、文 林 輝彦=撮影
本記事は雑誌料理王国294号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は294号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。