日本文学研究者で食通として知られるロバート キャンベルさんが、心に残るとっておきのレストランを紹介する本連載。第7回目は、2020年6月、東京・立川駅近くに開業したソラノホテルの和食ダイニング「ダイチノレストラン」だ。立川や奥多摩で育つ季節野菜や川魚をふんだんに取り入れた料理には、「地元立川を活気づけたい」という想いが込められている。
地元の大地から届いた色とりどりのお宝が並ぶ大きなお皿。その日にもっとも美味しく頂ける幸(さち)を約二十種類厳選して、景色が見えるように立体的なフォーメーションを形成しているから、目が離せない。縁(へり)には、黒い土に見立てたパウダーが置いてある。都下唯一の醤油醸造元のお醤油にオリーブを漬け込み乾燥させたもので、この夕食が他でもない「ここ」で作られたことを訪れた者に強く印象づけている。凡(すべ)てが、美味しい。
最近まで、立川市とはまるで縁がなかった。状況が変わったのは二〇一七年春。職場を都心の東京大学から国営昭和記念公園の少し先に位置する国文学研究資料館という研究施設に移したのがきっかけであった。新宿からJR中央線の中央特快に乗れば二七分で着けることを知った。思ったより、はるかに近い。七〇年代まで米軍基地があり、なんとはなしだが、立川に影の深いイメージを持っていた。実際、ベルリンに住んでいる小説家で立川高校の卒業生でおられる多和田葉子さんに話を聞くと、そのイメージには根拠があった。高校時代、彼女は国立の自宅から自転車で通学するが、立川市との「国境」にさしかかり越えてゆくと、とにかく一度も降りずまっすぐに学校まで漕ぎ続けなさいと、家族から言われたというのである。一九七〇年代後半の話である。
しかし、わたくしが降り立った立川駅周辺は、まるで近未来都市の入口のようであり、光に満ちた別世界になっていた。立川駅北口を降り、てかてか歩いていくと、左側にはこんもりと生い茂った昭和記念公園の木々がそびえ立ち、右側には短冊形で、柵に囲まれた約四万平米ある広大な更地が広がっていた。柵の中を覗くと山羊が一〇頭ほど放たれていて、幸せそうに雑草を食んでいる。
三年後の二〇二〇年四月。ここにはグリーンスプリングスというきわめてユニークな複合施設が開業する。地権者である株式会社立飛ホールディングスが独自に開発したもので、たくさんの木々の間を水が流れ、コンサートホール、美術館、よそでは中々見かけないこだわりの商店と飲食店の中に、ソラノホテルというホテルが建っている。温泉もスパもあって、温泉水を使ったルーフトップのインフィニティプールから真ん前の昭和記念公園を臨み、晴れた日の夕暮れ時には真っ赤に染まった富士山の勇姿が眺められるという絶好の立地にある。
二階にあるダイチノレストランは、季節折々の、多摩地区で育った滋味豊かな野菜とお肉と魚を提供するメインダイニングである。和食をベースに、フレンチキュイジーヌを優しく力強く融合させたクロスオーバー料理が目玉。開業以降、わたくしはふたたび軸足を都心に戻したのだが、武蔵野平野で育まれた食材と技術と心意気を味わいに、それからも何度も中央線に乗り、西へと向かうのである。食後、ルーフトップバーで飲むカクテルには格別の味わいがある。
右/竹田光良(ソラノホテル総料理長)
大阪あべの辻調理師専門学校を卒業後、1996年からフランス料理の道へ。街の老舗フランス料理店やカジュアルフレンチから、ザ・リッツカールトン東京「Azure 45」やザ・ウィンザー洞爺リゾート&スパ「ギリガンズアイランド」など高級ホテルまでを幅広く経験。2018年6月からソラノホテル総料理長を務める。
左/福原義昭(ダイチノレストラン料理長)
1981年生まれ。高校卒業後、 2002年より、京都の老舗料亭に入り、10年間に渡って腕を磨く。その後も、北海道にある同料亭の系列店で副料理長を務めた。そして2018年、ソラノホテル開業準備室に入り、ダイチノレストラン料理長に就任。地元の生産者を巡り、その想いを料理に込める。
DAICHINO RESTAURANT(SORANO HOTEL)
東京都立川市緑町3-1 W1 2階
TEL 050-3196-9027(9:00~17:00)
朝食 7:00~10:00 昼食 11:00~14:00LO 夕食 17:00~21:00LO
※ホテル休館日とその翌日は営業時間の変更あり、詳しくは公式HPへ
https://soranohotel.com/restaurant/daichi/
ロバート キャンベル
日本文学研究者、早稲田大学特命教授。専門は近世・近代日本文学。ニューヨーク市に生まれ、1985年に九州大学文学部研究生として来日した。同学部専任講師や国文学研究資料館助教授を経て、2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年から同研究科教授。17年、国文学研究資料館館長を経て現職。テレビでのMCやニュースコメンテーター、新聞や雑誌への寄稿、書評、ラジオ番組の企画出演など、活動は多岐に渡る。
text: Robert Campbell photo: Gaku Yamaya