1980年代からイタリアに渡り、製粉会社のイタリア駐在員として農業加工品の輸入品管理業に従事する大隈裕子が、トマトをキーワードにイタリア20州の料理や食材の歴史を皆さまと巡ります。
イタリアでトマトというと、ナポリが一番古い産地のように想像しますが、歴史的に書簡で記録が残っているのはトスカーナ州フィレンツェなのです。11世紀から13世紀までヴェネツィアと並んで繁栄した開港共和国ピサや16世紀にトスカーナ大公国となって栄えたリボルノ港など海外との交易が盛んでした。
中世では貴族や銀行家たちは競って薬草の種や珍しい樹木、植物や香草の種を買っていました。裕福な一族は庭園を持ち、その研究者を育成することも競っていました。その結果がトスカーナ州に多くの農産物をもたらし続けたのでしょう。
トスカーナ州のトマト品種には、カボチャを押しつぶした様なひだ(クビレ)の多い不成形のトマト、巾着形、丸形、先の尖った丸トマト、星形など、多種多様です。新大陸から運ばれてきた種が、長年栽培され、風土に適応して何世代も育種されて、イタリアで安定した品種となって今に伝わっています。
イタリアの農業を代表する製品を指す「伝統的な農産物・農業食品prodotti agroalimentari tradizionali (PAT)※」をご存知でしょうか。
農林水産省の農業政策として1998年4月30日政令からスタートして、2016年12 月12 日法律第238号から伝統的な農業食品の全国リストは毎年更新が行われイタリア共和国官報へ掲載されています。
イタリアの伝統的な農産食品と提示するためには、限定された地区で長年に渡って生産される農産物であり、さらに耕作作業方法・保存方法・熟成および成熟方法などが、伝統的な規則に従い25年以上継続されている製品であることが条件です。イタリアには、このような伝統的な製品が5000品以上あります。野菜と果実には自然の状態か加工製品かの区分があります。
トマトの品種や加工品に関しては 67品目がこの伝統的な製品に登録されています。その中でトスカーナ州を見ると、伝統的に栽培が続けられてきたトマト品種がなんと 14品種もあり、イタリア国内で一番多いことに驚かされます。
※PAT(伝統的な農産物・農産食品)
イタリアの農林水産政策省が州別の地域の協力を得て設立したリストです。欧州連合(EU)の特産品品質保護制度で保護原産地呼称(Denominazione di Origine Protetta DOP) や保護地理表示(Indicazione Geografica Protetta IGP)の認証を受けている農産物は除外しています。
イタリア農林水産政策省は欧州連合の農業政策がイタリアにとり不利な状況であるとし、ニッチな分野に焦点を当て、古くからのレシピに従い加工した伝統的な農産物や畜産物を強化することを決定しています。古くからトマト栽培が続けられてきたトスカーナでは、どのようなトマトが伝統的な農産物と認定されているのでしょう。PATのリストにある14品種を見てみましょう。
トスカーナ州全域で栽培されている固定品種のひとつです。特徴のある押しつぶしたような扁平形で、くびれが果肉の内部にも深く入り込みます。典型的なしわから名前は付けられています。果肉は均一な肉質で、硬く濃い赤色で果汁が多く風味も香りもよいです。コストルート種の果肉の硬さと風味は、生食サラダでも加工保存品にも適しています。オリーブオイル&バジルを合わせてサラダにしたり、グリルでの消費、そして加工用の赤いトマトソースの材料に使われています。
アレッツォの上部バルダルノ地域とフィレンツェ周辺のヴァレダルノ高地アレツィーノ地区では、大きくて不規則な果実と滑らかな肌を持つ品種が栽培されています。トスカーナ州ではボヴァイオーロ(トスカーナ州の名称)、イタリア全国的にはクオーレ・ディ・ブーエという名で呼ばれています。
小さな籠形トマトです。果肉がしっかりとしていて水分が少なく、糖度が高く、酸味が弱く、皮は薄めです。ルッカとピサで栽培されていてトスカーナ州外へも販売されています。戦前は普及していませんでしたが、寒さに非常に強い特徴を持ち、初冬まで栽培していました。果肉の強度と水分が乏しいことから冷凍食品用に適しているため、近年復活した古い品種です。
星を思わせる形と強い風味があり、焼きたてパンと共に食します。ピストイア県ぺッシャとルッカ県で栽培されています。昔から収穫後の果実は、籐の籠に詰められ厩舎内のわらの中に保管されました。種子を丁寧に保存し生産を続けてきたおかげで、自生の特徴は長期にわたって維持されてきました。ルッカ県で成功を収めましたが、現在ではピサの田園地帯から姿を消しています。
フィレンツェ周辺、ヴァル・ダルノ地区のチェリートマト。トスカーノのチェリートマトは薄い皮のトマトで、飾り用や前菜、ライスサラダに生で消費されます。昔から冬の間は換気された部屋にぶら下げて保存されていましたが、皮が薄いために保存期間は短い品種です。
保存用トマトとして知られている品種パッリーノ・トマトは、球形で色は深い赤、果肉はしっかりしています。ヴァル・ダルノ産の保存用チェリートマトよりも強い香りと酸味があります。8月から9月にかけて生産され、冬に農民がパンにこすって食するために保存していました。リボルノでは家屋の天蓋の下に吊るす保存方法が、農村景観の特徴的なシンボルとされ、色と形の調和のために頻繁に壁は塗装されていました。現在では自家消費か地元の市場での販売用のみ栽培されています。
先が細長く尖った小さな果実はペンドリーノ・トマト(吊るしトマト)とも呼ばれています。地這栽培で1房に6-8果ほど実をつけます。オレンジ色で厚い皮を持っています。吊るして乾燥保存し,クリスマスまで使います。風通しの良い部屋にぶら下げて保管すると翌年の2月まで保存できることもあります。多くの郷土料理に使用されます。パンに直接擦り付けて食したり、卵焼きのトマト風味や冬期のトマトスープ、茹で肉などに使われます。
リヴォルノ県、ピサ県で栽培されています。平らな形に小さなひだの付いたコストルートのような形です。ティレニア沿岸沿いでも栽培され広く普及しており、地元のエクストラバージンオリーブオイルを添えたブルスケッタに使います。果肉の食感と印象的な味が高く評価されています。ピサネッロは現在、都市市場でも普及しています。
クワランティーノはアレッツォ県カヴリーリアでの呼び方です。フィレンツェ県でも栽培されていますがフィレンツェ近郊ではフィオレンティーノと呼ばれています。ポモドーロ・アンティーコ・ノストラレ<地元の古品種トマト>です。生産は毎年春先の早生種であり、11月の初めまで長い期間に何度も収穫をし、クリスマスにフレッシュトマトを求める人々に、5月中旬にトマトの種を植え10月から温室で苗を保護栽培していました。現在は絶滅の危機に瀕しています。アレッツォ ヴァル ダルノの少数の農家だけが家族で消費するためにクワランティーノを生産しています。
熟すと濃い赤色になり不規則な形状のトマトのため生食ではなく潰してソースや保存用に利用されています。トスカーナ州全域の家庭菜園で栽培されていて、様々な土壌に適合するので近年人気が高くなってきた栽培種です。
この品種は栽培されている地域がごくわずかで、自家消費のみに栽培されているために生産量の把握ができません。栽培者減少と高齢化のため生息保全システムが無く、他のイタリアの地域でこの品種の栽培が存在する情報がないので絶滅のリスクが高くなっています。ここ数年、ボランティアが種を採取し、ヴァル・ディ・ビセンツォでわずかながら栽培を開始して保護活動を開始しています。
イチゴトマトはミナッチャーノ地域で伝統的な方法で栽培され広く普及しています。ベル型の果実、鮮やかな緋色、小粒で種子が少なく皮が薄い品種です。サラダに用いたり、皮をむいてピューレトマトで保存します。この品種は1960年代末に、オーストラリアに移民していたアルビアーノ住民によってもたらされました。イチゴという名前は、甘い味と香りに特殊な朱色と枢機卿の服の緋色に由来します。
地元サン・ミニアート農家の努力で在来種が育てられています。平らで強調されたひだの形をしていて、完熟時の真っ赤な色と少数の種を有します。ソースや調味料用に適しています。完全に熟す前に収穫された場合はサラダやパンツァネッラのドレッシングに使われます。野地栽培の小さな果肉は、オイル漬けやグリーントマトジャムに適しています。
受け継がれてきた伝統的な技術で栽培されています。種子の慎重な自己生産により、自生のエコタイプの特徴を維持することが可能になりました。特に自家消費用に地元で生産され、野菜スープやサラダに使用され、卵料理に入れたて鍋で調理されることがよくあります。昔は、冬の間、貯蔵のために柳の枝に果肉を吊るすのが通例でした。
text:大隈裕子