今から10年ほど前、アメリカで料理学校のハーバードと評される「CIA」で学んでいたウィルコクスさんは、研修で訪れた東京の「菊乃井」で和食の世界に魅せられた。その後、京都本店に入社。仕事を覚えようと必死になっているうちに7年が経ち、そこで、ようやく修業を終えた。
ウィルコクスさんが料理の道に進んだのは、「料理好きの母親の影響が大きかったかもしれない」と子ども時代を振り返る。イタリアや日本の料理が好きで、和食の魚料理には格別のおいしさを感じていた。上下関係の厳しい料理界での修業に耐えられたのも、日本料理の技術に対する圧倒的な尊敬があったからだろう。「CIA」では「基礎的な技術を習得すればどんな料理も作れる」と教えられたが、実際はそうではないことを、日本での修業で痛感した。
現在は、ニューヨークでの独立に向けて投資家を募集中だが、その実力を買われ、国内外からコラボレーションの声が掛かり、2018年2月まで、ニューヨークでのコラボが予定されている。
「ラーメンや定食など、ここ10年でニューヨークの和食の水準はグンと上がりました。20ドルも出せば、非常においしい食事ができる。日本への観光客も増え、ある意味ニューヨークは、日本料理に対してもっとも理解がある都市だと思います」
だからこそ、ニューヨークは「日本の心を大切にしながらオリジナリティ溢れる日本料理を創り出すのに格好の場」と意欲を燃やしている。
「菊乃井」などの名店での修業を通して感じたことは、静かなイメージの日本料理が、実はパワフルかつフレキシブルであることです。そして、他国の料理とは根本から異なる。CIAでは「料理というものの根本は大体同じ」と習いましたが、これが日本料理には通用せず、その複雑さに、外国人は惹かれるのだと思います。また、季節の中にクリエイティブなインスピレーションを見つけ、さらに、自分たちを取り巻く自然のリズムや変化も大切にする点は、非常に神秘的ですし、素材が持つ自然のフレーバーやテクスチャー、色、香りを損なわずに讃える点も素晴らしい。これらは料理人として、ぜひとも継承していきたいポイントです。
日本での修業中、私にとって一番難しかったのは、厨房における堅苦しい上下関係です。外国人だから、他の人よりもぞんざいに扱われたということでは決してなく、徹底した師弟関係に慣れるまでに時間がかかったのは私自身の問題です。外国人に根気よく教えるという点では、私より、むしろ師匠やまわりのスタッフのほうが、忍耐と理解を持って接してくれたように思います。こうした中、厨房内での人間関係はもちろん、生産者や取引先の方たちとの人間関係を大切にすることも学びました。特に料理人と生産者はお互いを尊重し合い、誠実であろうとする。すばらしい料理を生み出すには、そういう人間関係が不可欠と実感しました。
国境や料理のジャンルの違いを越えて、コラボレーションが盛んに行われています。これは日本料理においても大切なことで、私もかつての修業先「銀座 鮨青木」のご主人、青木利勝さんとのコラボレーションなどから多くを学び、刺激を受けました。コラボレーションという挑戦は、新しい料理を生む原動力にもなると思います。たとえば、新タイプのカリフォルニアロールもそのひとつです。日本人はもとより、本物志向の寿司が広まったアメリカでも、最近では見下されているカリフォルニアロールをあえて東京で、懐石レベルにしてみたいと考えました。結果、アボカドを白味噌で漬けたことで非常においしく新鮮な味わいに仕上がりました。
上村久留美=取材、文
本記事は雑誌料理王国第279号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第279号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。