現代におけるパブを再定義すべく、3人の巨人が集まって出した答えが、昨年11月にロンドン中心部にオープンしたThe Devonshireだ。三つ星シェフが考案したパブ料理を目指し、今日もソーホーに人が通う。
恒例「英国のガストロパブ・ベスト50」が先月、業界団体によって発表され、筆者もさっそく鋭い目で2024年のリストをチェックしてみたのだが、なんのことはない、ロンドンのパブなど8軒しか入っていないのだった。
嬉しかったのはこのコラムでも紹介させていただいた新進のParakeetが36位でランクインしていたこと。老舗と新規店がちょうど良い割合で混ざり合うリストとなっている。筆者もよく知る北ロンドンの変哲のないパブが6位にランクインしており驚かされたが、厨房のクオリティ次第で目覚ましい進化を遂げるのが昨今のイギリスのパブ事情でもある。昨日までただのパブだったところが、明日には全国区で知られるガストロパブに大変身する可能性もあるということだ。
惜しくも今年のリスト選考に入るチャンスを逃したのが、ロンドン・ソーホー地区に昨年11月に登場した「The Devonshire / ザ・デヴォンシャー」 である。ロンドンで今、いちばんホットなパブだ。
新オープンと書いたが、イギリスでパブはいつもそこにあるもので、変わるのは中身のみ。1793年に建てられたこのパブは、以前はセレブ・シェフのジェイミー・オリバーさんがJamie’s Italianの旗艦店を展開していた場所だった。改装された現在はもう少し大人顔のビストロ風ダイニングとなっている。
デヴォンシャーは、30年に渡ってパブ業界に関わってきた著名なパブリカン(パブ経営者のことをイギリスではこう言う)と、肉愛好家たちの聖地となっているステーキハウス「Flat Iron」の創業者がともに情熱を注いで生まれたプロジェクトだ。
厨房は三つ星レストランのThe Fat Duck やマンダリン・オリエンタル内二つ星のDinner by Hestonのエグゼクティブ・シェフを務めていた実力派、アシュリー・パーマー・ワッツさんに任せられた。
テーマはもちろん「英国らしさ」。要となる肉料理、パイ料理やフィッシュ&チップス、魚介を使った前菜など、ほぼ全てが英国産の食材から作られる。例えば看板料理となる肉類のほとんどはスコットランドの農場から調達。階下の精肉室で解体、熟成される。
日本であまり見かけないどころか、最近は英国内でもメニューに載ることが稀になったスエット(ケンネ脂)を使ったプディングもある。この場合の「プディング」とは小麦粉とスエットを混ぜて作った生地を成形し、煮込みを入れて閉じ、長時間かけて蒸し焼きにしたものを言う。肉のプディングは伝統的なパブ料理であり、この日は実に滋味深い味わいのビーフ・シチューを包み込んだものをいただいた。
メニューを眺めると、いかにもイギリス人たちが好きそうな伝統の料理が並ぶ。シンプルで、お腹に溜まり、ハートが温まる料理。デザートにはナツメヤシを刻んで混ぜた生地が黒糖スポンジを思わせる庶民に人気の「スティッキー・トフィー・プディング」をぜひ。
チームが目指したのは写真でもご覧いただけるように「美しくシンプルで、食べると信じられないくらい美味しい料理」であり、これはまさに今の英国ガストロパブ業界が追求し続けているクオリティでもある。
デヴォンシャーは、業界きっての風雲児たちが「パブらしいパブとは?」という問いに三つ星レストランの元エグゼクティブ・シェフを引き入れて出した答えだ。本物のパブリカンが、自分が思う最高のパブを提示した、ということだ。
イギリスでは今、毎日6軒のパブが閉店するという危機的な状況にあるとメディアは憂えているのだが、外国人の目からは多すぎるパブの数が適正化しているようにも見える。フリーハウス(醸造所の直営ではないパブ)大歓迎、食事を出さないパブもよし、大衆パブもよし、そして食事で勝負するガストロパブもよし。結局、閉店しないパブになることが必要なわけで、その鍵は客が握っている。
デヴォンシャーが長寿のパブになれるかどうかは今後10年にかかっているのかもしれないが、客の目の輝きを見ていると、すでに実現しているのかもしれないと思う。
The Devonshire
https://www.devonshiresoho.co.uk
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni