秋田市にある「フルット」五井慎太郎シェフは少年時代からイタリア料理人となることを志し、東京で経験を積んだあと地元秋田に戻り念願のオーナーシェフとなった。イタリア語で「果実」という店名に込められているのはたゆまぬ努力の結晶の意味も。
秋田駅からほど近い市内中心部、飲食店が並ぶ一角に「フルット」はある。酒どころ秋田だけに店先になまはげが飾られた居酒屋や郷土料理を出す店が多いのだが、一歩「フルット」の店内に足を踏み入れてみるとそんなイメージは一転する。テーブル間隔が広く取られたダイニングと劇場のようなオープンキッチンは都会のリストランテそのものであり、その主役は中央で料理を作り続ける五井慎太郎シェフだ。
少年時代からサッカーに熱中していたという五井シェフだが、当時はカルチョの国イタリアサッカーの黄金期。五井シェフはいつしかサッカーを通じてイタリアという国そのものに惹かれるようになり、中学生の時にはすでに将来イタリア料理の道を歩むことを決めていたという。専門学校を出たあとは神奈川県のイタリア料理店で働き始め、東京で2年10ケ月を過ごす。その時、五井シェフは33歳。以前から35歳で自分の店を持つと決めていた五井シェフは、レストラン展開をしている会社で店舗運営について2年間学び、地元秋田に戻って開業。念願のオーナーシェフとしてスタートを切った。
オープン当初は5千円のコースを出したり、バータイムにはアラカルトを出していた時期もあったがコロナを機にスタイルを一新。現在は秋田の旬の食材を使ったお任せコースのみにしている。五井シェフはイタリアと秋田の季節感には微妙なずれがあるという。例えばソラマメとペコリーノといえばイタリアでは早春の味覚だが、秋田ではようやく雪が溶けてきた初夏がソラマメの旬だという。五井シェフはそんな微妙な違いを感じながら料理を作るのを楽しんでいるように見える。1人オープンキッチンの中央に立ち、黙々と料理を作り続けるその姿からは限りないイタリア料理への愛情が迸るのを感じずにはいられないだろう。
料理が高級になればなるほど、イノベーティブになればなるほどイタリア料理とフランス料理の境界線はどこにあるのか?と問われることが多いが、その答えは極めて簡潔。パスタこそがイタリア料理の命題であり、真理である。
「料理ジャンルの垣根がなくなってきている中でパスタを出せるのはイタリア料理店だけ。そして旬の食材をパスタで食べることができるのもイタリア料理店だけ」という五井シェフも常にパスタを3種類、コースに組み込んでいる。パスタを通じて季節や地域特性を表現できるのはおそらく世界でもイタリアと日本だけではないだろうか。五井シェフは「アラ ボッタルガ冷製フェデリーニ」の冷製パスタで始め、秋田の清流を連想させる「鮎クレソン タヤリン」を経て「そら豆 自家製チーズ ラヴィオリ」で秋
田の遅い春を体験させてくれる。一口味わえば、極薄のパスタ生地に五井シェフの情熱が込められているのを感じ取れるはずだ。
「錦牛ハツ 根曲り竹」も非常に秀逸で、秋田産黒毛和牛の新鮮なハツを温かいカルパッチョのような感覚で食べさせてくれる。サーロインやイチボもいいがこうしたイタリア料理でいうクイント・クアルト(牛を4分割にした5番目、つまりほうるもん=ホルモンの意味)にこそ五井シェフからのメッセージがこめられている。「前菜やメインに創作的な料理を出したとしても、必ず1品はイタリアの伝統を感じられるような郷土料理を出したい。それがパスタであり、将来的にはよりシンプルに具なしになっていくかも」と五井シェフはいう。メニューは基本的に月替わりで、10皿ほどの料理は全て変更するというからこれもまた情熱の証。サービスを担当する五井夫人のペアリングも秀逸で「ノドグロ サザエ」にあわせて「新政No・6」を選ぶなど、秋田の日本酒が登場するのも楽しい。
五井慎太郎
秋田市生まれ。少年時代よりサッカーを通じてイタリア文化に親しみ、中学生の時すでにイタリア料理人となることを決めていた。専門学校卒業後に神奈川、東京「リストランテ ラ バリック トウキョウ」で研鑽を積み、2018年地元の秋田市で「フルット」を開業。秋田の素材を生かしつつもイタリアの伝統をリスペクトした、洗練された料理を作る。
FRUTTO
秋田県秋田市中通4-17-30フォレストワンビル1F
TEL 018-838-5815
11:30~14:00(土、日、月のみ)、18:00~22:00
水、第2火休 その他不定休あり
text&photo: Masakatsu Ikeda(Italian Week 100 Director)