東京・勝どきの老舗寿司店「はし田」の二代目として生まれた橋田建二郞さんが、シンガポールに「HASHIDA SUSHI」を開いたのは2013年5月のこと。「はし田」に客として来店した、シンガポールの投資家に誘われたのがきっかけだ。以来、レストラン激戦区といわれるかの地で、寿司界の〝風雲児〟はグルメたちの舌をうならせている。
幼い頃から、寿司業界を見て育った。高校を卒業すると、調理専門学校に進んだ。しかし、その先に選んだ道は、なんと路上アーティスト。自作の絵などを売っていた。
「昔から絵は好きで、調理専門学校を卒業するときの『憧れの料理人は誰ですか』という問いにも、ジョン・ガリアーノって書きました」と橋田さんは笑う。シェフの名ではなく、ファッション・デザイナーの名を書いたのだ。自身も料理人の枠に収まらないし、憧れる人も料理人とは限らない。「影響を受けた人は」との質問にも、ウォルト・ディズニー、岡本太郎、サルバドール・ダリ、ジャン=ミシェル・バスキア、ビビアン・ウェストウッド、アレキサンダー・マックイーンと、多くの人の名が挙がったが、料理人はひとりもいない。
「さまざまなジャンルの表現者から刺激を受けることのほうが、多いんですよ」
きっと、橋田さんの視線の先には、既定路線はないのだろう。
「既存の可能性を潰しながら、先に進んでいくのが僕のスタイルじゃないかと思うんです。新しいことに向かうとき、『ダメだったから、やっぱりやめた』ではなく、『ダメだったらそれは潰して、次のことを考える』というのが僕のやり方なんじゃないかな、と、最近思うようになりました」
そんな橋田さんが主を務めるシンガポールの店は、ビルの4階の飲食フロアにある。入り口を入ると、店内へと誘う長い石畳のアプローチが続く。高級感のある白木の大きなカウンターが、和食を感じさせる。
「店を作るにあたって、いちばんこだわったのは無駄を作ることでした。
当たり前ですけれど、店の中も外もシンガポールです。でも、食事をしているときだけは、日本のどこかにいるような気持ちになってほしいと思っているんです」
だからこそ、あえて路地を歩かせて店内に入るような造りにした。
「路地を歩きながら『はし田』の世界に入ってきてもらい、存分に楽しんでいただく。投資家からは『そんな路地は無駄だ』『もっと席を詰めて席数を増やせ』などと言われましたけれど、そこだけは曲げなかった」
「はし田」にいるときは、何かにチャレンジしたいと思ったら、まずは主人である父親に確認をする。そこでダメだと言われれば、その料理は出さない。たまに、なぜダメなのか、どうしても理解できないこともあったが、店の主は父。その意向は絶対であると尊重した。
「だからこそ、シンガポールの店を出すとき、『自分のやりたいことをやろう』と心に決めたんです」
ただ、漫然としていてはやりたいことも思い浮かばない。
「僕は小さい頃から物を大切にするようにしつけられてきましたが、物を大切にするということは、自分を大切にすることなんですね。その上で自分は何を伝えたいのか、つねに自分に問うていくと、その先に必ず答えはあると思っています」
同じテクニックを使って、人と違う物を作る。そこに「なぜ、これを作りたいのか」「どうしてこの料理にしたのか」というストーリーがあれば、きっと自分のオリジナルが完成する。
「その先に、我が道が生まれると思っています」
自由をたっぷりまといながら、その職人魂は、いつもゲストの笑顔に向いている。
憧れの人 サルバドール・ダリ
影響を受けた人は多いが、なかでも好きな画家。ピエール・ガニェールは「厨房のピカソ」と呼ばれているけど、僕は「厨房のダリ」と呼ばれたい。ジャンルが全然違うから難しいけれどね」と橋田さんは笑顔を見せる。
HASHIDA SUSHI
333A Orchard Road, #04-16 Mandarin Gallery, Singapore 238897
+65 6733 2114
● 12:00~15:00、19:00~22:00
● 月休
http://hashida.com.sg
山内章子=取材、文 今清水隆宏、宇都木章=撮影
本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。