客は日本の名店を知る食通、江戸前鮨で勝負をかける「鮨来村」


開業2年でミシュラン一ツ星獲得

日本で十数年修業をしたのち誘われてシンガポールへ

「見習い時代から、必ず独立して自分のお店を出すと決めていました。そして、できれば海外でも仕事をしてみたいと考えていました」と木村共男さんは言う。しかし、鮨職人の道はそれほど甘くない。埼玉県蕨市にあった「 よし寿司」での下積みから始まり、築地場外市場でいちばん歴史のある「築地寿司清」で握りを覚え、世田谷の「鮨一久」で高級店の仕事と振る舞いを教わった。その後、趣味の食べ歩きで「 この仕事を覚えたい」と思う店を見つけては渡り歩く“流れの板前”として、東京都心で修業。気がつけば、10年以上が経過していた。

「シンガポールに、とくにこだわりがあったわけではありませんでした。お店を動くタイミングで、たまたまシンガポールに立ち上げの案件があり、それをお受けした形です。ちょうどその頃、『よし寿司』でいっしょに見習いをしていた中澤さん(現『SushiNakazawa』オーナー)がアメリカへ行くという話を聞いて、海外で働くことへの憧れが再燃したのも、ひとつのきっかけでした」

2012年1月にシンガポールの土を踏み、高級店の立ち上げに関わった。
「いちばん苦労したのは、日本での時間感覚と職人としての働き方の常識が通じないところでした。荷物は時間に届かない、お客さまも予約の時間に来ない、現地スタッフはすぐ仮病を使って好きなときに休みを取るなど、日本ではあまり経験をしたことがない状況が当たり前でした」

しかし、それもまた貴重な経験。2つの高級店で、シンガポールでの店の立ち上げのノウハウも習得した。機は熟した。

「あたり(味)については、日本より甘味を大事にしています。シンガポールでは『甘』が強い傾向にありますので、そこを見極め、砂糖に頼らない方法で甘味を引き立たせる仕事をするようにしています」と木村さん。

客は日本の名店を知る食通 気を抜いた仕事は絶対しない

2016年12月に、「鮨 来村」を開店。
「会社を立ち上げて契約までもっていくとき、日常会話では全く使わない英語を勉強しなければならなかったのが、いちばん大変でしたね」

自分の店を持って改めて肝に銘じているのは、「海外だと思って気を抜いた仕事をしないこと」だという。

「お客さんは鮨が好き過ぎて、鮨を食べるためだけに日本へ行って、名店といわれる鮨屋の食べ歩きをしている方たちが多い。ですからいい加減な仕事をすれば、お客さんはすぐに離れていってしまいます。あるお客さんに、『もう日本に鮨を食べに行かなくても、ここに来ればいいね』と言っていただけたときは、素直に嬉しかったです」

2018年には、ミシュラン一ツ星を獲得。「皿への過剰な飾り付けを避け、見た目よりも温度と味を大切にしたシンプルな鮨、つまり江戸前鮨をお出ししているので、正直、驚きました。でも、仕事を世間に認めていただけたことは光栄です」

料理の職人は狭い世界に閉じこもりがちだが、服部栄養専門学校はつながりを外に広げてくれる大事な存在、と木村さん。

「夢は、健康でおいしいものを食べ続けること。そんな私のそばに、ずっと嫁さんがいてくれますように(笑)」

鮨職人の顔に、笑みが広がった。

「基本的にシンガポール人は、外食がほとんど。自炊するという概念が、あまりありません。その代わり、ホーカーセンターという屋台の集合体のような場所がいくつもあります。また、さまざまな国のレストランがあるので非常に面白い。その分、外食産業の競争は激しく、流行りすたりもめまぐるしいです」と木村さん。そんな環境のなかで、木村さんは江戸前鮨をベースにした日本料理で勝負する。

「こちらでは、友人に近い距離感での接客が好まれる。お客様ではなく、お客さんといった距離感ですね。口も手と同じくらいに動かして、お客さんの感情の動きに臨機応変にツッコミを入れられるくらいの距離感が大事だと思っています」と木村さん。

Kimura’s Advice

相手が求めることを察知し、行動に移す訓練をしておこう

まずは、何のために仕事をするのかを建前抜きで考えてみましょう。志のためでも良いですし、お金のためでもOK。目的に貴賤はありません。本当の目標を自覚しているか否かで、心構えが全く違ってきます。

また、料理の分野を問わず技術を磨くのは最低限必要。ただ言われたから洗い物や仕込みをするのではなく、お客さんの口に入ることまで理解して、何が必要なのかを考える練習もしてください。先輩がしてほしいことを考えて感じる力がなければ、お客さんを満足させることなどできません。どこでも職人は欲しい状況なので、自他ともに認める腕がある若手の職人さんには、大きなチャンスがあり
ます。ただ、日本の高校や調理師学校を卒業した人ですと、10年の実務経験と月給6700シンガポールドル(変動はあるが、日本円でだいたい50万円以上)が、就労ビザが下りる最低条件。ハードルは決して低くはありませんが、料理人の社会的地位は日本より高いです。ちなみに、鮨来村でも、板前を募集中です。

Tomoo Kimura

1977 年、神奈川県大和市生まれ。1997 年に服部栄養専門学校調理師科を卒業。「よし寿司」「築地寿司清」などで修業し、2012 年にシンガポールへ。高級店の立ち上げに関わったのち、2016 年12 月20 日に、シンガポールの銀座ともいうべきオーチャードに「鮨来村」を開いた。2018
年にはミシュラン一ツ星を獲得。客はシンガポールとインドネシアの人がほとんどで、日本人は少ないという。

鮨来村( Sushi Kimura)
390 Orchard Road
#01-07 Palais Renaissance
Singapore 238871
TEL +6567343520 / +6584280073
昼12:30 ~15:00 
夜19:00 ~22:00
定休日、月曜
https://www.sushikimura.com.sg

text 山内章子 photo Marieta De Lara

本記事は雑誌料理王国305号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は305号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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