「東京で食べたいベトナム料理」とは何か?


「おまかせコース」は、シェフの考えと技を映す一連の物語。シェフの自画像でもある。ワインとベトナム料理の新しい出会いを提案するモダン・ベトナミーズ「アンディ」のシェフ、内藤千博さんのおまかせコース

ベトナム料理は、どちらかというと味が濃く刺激が強いタイ料理などに比べて、味付けがやさしい。ハーブもたくさん使うので、香りが重視されています。そのため現地の食中酒の多くはビールでも、じつはワインや日本酒が合うんです。そこで、フォーや生春巻きのイメージが強いベトナム料理を、現地の再現ではない「東京で食べたいベトナム料理」にし、オーナー・ソムリエの大越(基裕氏)によるドリンクペアリング(5300円)で新しい提案にしたのが「アンディ」のコンセプトです。

前職のレフェルヴェソンス時代に、シェフの生江(史伸)さんから、フランス料理の技法をベースにした日本の食文化の表現と、そのなかで考え抜かれた食材の組み合わせを学びました。僕自身、アジアの料理に目覚めたのは、当時の先輩が作ってくれたまかないのアジア料理。そこからしだいに、生江さんから学んだ表現を、大好きなアジア料理に置き換えてみたら、おもしろいことができるのでは、と思うようになりました。

日本国内の食材が集まる街、東京で、僕は顔の見える日本の生産者さんとのつながりを大切にしたい。その一方で「東京で食べたいベトナム料理」を考えれば考えるほど、もっとベトナムのことを知らなければいけないとも思います。料理や食材だけではない、ベトナムの食文化の体験。たとえばフォークやナイフを使わずに手で食べていただくこともそのひとつだと思っています。

コースのPOINT ❶

ベトナム料理にどうやって日本の季節を投影するか

ベトナム料理の代表的なメニューである生春巻きの中は、鶏やエビが日本では定番です。僕が、東京らしいベトナム料理を考えるうえで大切にしているのは、こうした定番のメニューのなかで、どう季節を感じさせる食材を使うかです。バインミーでは、パンに塗るソースに柑橘類を使いました。ティーリーフサラダでも、あとからかけるソースにミカンを使って季節感を出しています。さらに冬は、普段は福岡の銘茶八女茶を使う発酵茶葉を、香りが強いほうじ茶にしたりして、寒い時期に合わせたりもしています。

コースのPOINT ❷

生春巻きなら意図した通りの味の組み合わせが伝わる

フォーなどの米食の文化を持ち、「手で食べる」文化もあるベトナム料理は、日本人にもなじみやすいと思っています。また、バインセオや生春巻きなど、食材やソースを包んで食べる料理は、五味や香りなど、ひとつのお皿の要素をいっしょに食べてもらえるので、こちらの意図を伝えやすいという面もあります。

コースのPOINT ❸

発酵は大切にしたいテーマ
日本とベトナムをつなぐ食の知恵でもある

発酵は自分のテーマとして力を入れています。発酵食品は無駄なく保存して、食材がない時でも食べられる人類の知恵。市販の食材や調味料では得られない、味、風味、ニュアンスが付け加えられるのも魅力です。日本だけでなくアジアの食文化でもありますよね。ですから、日本的なぬか漬けもあれば、自家製のナンプラー(タイの魚醤)も作っています。

コースのPOINT ❹

ハーブは飾りではなく調味料として使いたい

レフェルヴェソンスでは、日本の野草、山菜をはじめ、多彩なハーブ使いを学びました。僕は、ハーブは飾りではなくて、調味料だと思っています。ですので、お客さまにいっしょに食べてもらえるよう、食材にのせたり、近くに置くようにしています。ハーブは、加工はせず、フレッシュで使うことが多いです。

コースのPOINT ❺

やや濃いめのスープにしてメイン料理の後でも存在感を出す

魚と肉のメインは、フランス料理らしい、しっかり塩を利かせた味にしているので、締めのフォーのスープも、やや濃いめにしています。別添えの山盛りクレソンは、ベトナムの食堂のイメージ。現地では、山盛りで新鮮なハーブをどっさり入れて、フォーを食べます。

今月のおまかせコース
ディナーコース 6500円 8品 2月のコースより

1│バインミーのアミューズ仕立て
ベトナムを代表する料理、バインミーをアミューズに。左は、シカ肉の佃煮風と赤タマネギのピクルス、バジル。右は、ニンジンのぬか漬けとディル。シカ肉の佃煮風には、シマミカンと青唐辛子の"シマミカン胡椒"、ニンジンのぬか漬けには、カリンのピュレがパンに塗ってあり、定番のベトナム料理に季節感を投影している。

2│ティーリーフサラダ
アンディのシグニチャー・ディッシュ。発酵させた茶葉とナッツやゴマ、揚げたエシャロット、フレッシュな野菜、季節のフルーツを美しく盛り付けている。ソース(この時期は、ミカンとトリュフのソース)をかけて、全体を混ぜていただく。ひと口ごとに感じる味や食感、香りが異なるのがおもしろい。

3│バインセオ
米粉の生地で、豚肉やエビ、野菜を包んで食べるベトナム風のお好み焼き。生地には東南アジアでポピュラーな乾燥させたコブミカンの葉を練りこんでいる。生地には黒ニンニクのソースが塗られ、具は馬肉のカルパッチョ。デコポンの果肉、デコポンの皮とコブミカンの葉で、酸味と香りが加えられている。

4│生春巻き
ベトナムでは中の具材はエビなどが定番だが、アンディでは、季節ごとに食材を変える。冬は、レンコンや金時ニンジンなどの根菜をメインに。春はタケノコとアサリ、夏はアナゴなどを使うという。ソースも季節感を意識。この季節はレモングラスのポン酢でいただく。

5│鰆のせいろ蒸し
ベトナム料理の代表的な魚の調理法であるせいろ蒸しを使いながら、盛り付けはモダン・フレンチのように美しい。ソースは、ココナッツとカリフラワー。ディルの花が飾られている。周りには発酵キウイのピュレにキュウリの漬物、シソ、バジルなど。

6 │蝦夷鹿のロースト ビーツ、洋梨、発酵白菜、マーガオ
「魚と肉のメインでは、ベトナム料理を意識しすぎず、自由に考えています」という内藤さん。それにも、肉の断面に置いた台湾の香辛料「マーガオ」など、アジアのテイストを盛り込む。ベトナムを、アジア各国と地続きで、文化がクロスオーバーしてミックスカルチャーが生まれる地ととらえ、自由にアジアの食材を扱っているのも内藤さんらしい。

7│たっぷりのクレソンと酒粕のフォー
鶏ガラのシンプルなスープのフォー。山盛りのクレソンと、酒粕のムース、コミカンのように見えるが、しっかり酸味のあるレッド・レモン、口直しの漬物が別添えされている。これらを、好みで加えて"味変"させる。

8│チェー
チェーは、ベトナムを代表するデザート。甘く煮た豆やイモ、フルーツなどを合わせて食べる。温かいチェーと冷たいチェーがあり、この日は、ココナッツとレモングラスのプリンに洋ナシのシャーベットを添えた冷たいチェー。

Chihiro Naito

1983年、埼玉県生まれ。調理師学校を卒業後、「サイタブリア」、「レフェルヴェソンス」で研鑽を積む。2018年3月、「アンディ」の料理長に就任。オーナー大越基裕氏とは、大越氏がレフェルヴェソンスのペアリング監修を務めていたことがきっかけ。

 Ăn Đi  アンディ
東京都渋谷区神宮前3-42-12 1F
1F 3-42-12, Jingumae, Shibuya-ku, Tokyo
● 12:00~13:30LO(土・日のみ)
18:00~23:00LO
●月休
●コース 昼5900円~、夜6500円~
●24席 http://andivietnamese.com/
※税込・サービス料別

江六前一郎=取材、文 中西一朗=撮影

本記事は雑誌料理王国296号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は296号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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