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スパイスのプロが教える抗菌力を上げるスパイスの使い方


スパイス使いの決め手は「焙煎」抗菌力も味も加熱によって上がる

内藤千博さん 東京「アン ディ」

シナモンやクローブは、香辛料の中でも抗菌力が強いとされる。東京・神宮前の人気店「アンディ」で腕を振るうシェフ、内藤千博さんが紹介してくれたのは、これらの香辛料をブレンドした、オリジナルスパイスをきかせた仔羊の炭火焼きだ。

 この料理には、内藤さんのふたつの新しい試みが隠されている。まずひとつは、オリジナルスパイスに使った5種の香辛料のすべてを焙煎している点だ。以前から香辛料のブレンドは行っていたが、焙煎はせず、そのままミキサーにかけていた。焙煎のきっかけは、今年初めのインド、スリランカへの旅だった。

「現地の人たちに料理風景を見せてもらったら、さまざまな香辛料を合わせ、それらをすべて焙煎して使っていました。なかにはかなりの強火で黒くなるまで焦がして使う人もいて、軽いカルチャーショックを受けました」と言う。
 焙煎することで香辛料の香りが際立ち、開くーー。特に羊のように香りの強い肉の場合、焙煎して間もない鮮烈な風味のミックススパイスと相性が良いのだ、と気付いた。

 帰国後、この体験をヒントに新しいスパイス作りに挑戦。シナモン、クローブ、トウガラシ、コリアンター、クミンを焙煎し、これに黒砂糖を合わせてミキサーにかけた。「思った通り、羊肉によく合うミックススパイスが完成しました」

オリジナルスパイスほどよいスパイシーさとほのかな甘みが特徴

見た目はカレーパウダーのようだが、マイルドな辛味で風味もよく、かすかに甘味もある重層的な味わい。「香辛料の配合については、これからも研究を続けます」とシェフ。


 こうして完成させたスパイスは、少し日を置くと味がなじんで落ち着き、風味もまろやかになってくる。「そうなった状態のスパイスは、繊細な味わいの魚料理や野菜に向いている」と言う。

 香辛料には強い抗菌力を発揮するタイプのものがある一方で、表面に微生物が付着する、などと指摘する研究者もいる。そうした理由から香辛料を加熱したのか、と内藤さんに焙煎の理由を訊ねてみるとーー。「純粋に焙煎したほうがおいしいと思っただけで、抗菌とか、衛生面を意識して始めたわけではありません。でも、結果的に、おいしさが安全とつながっているなら、それがアジアの知恵なのかもしれませんね」

内藤さんがブレンドしたスパイスには、ほのかな酸味と辛味があり、バランスのとれた甘味も感じられる。甘味の秘密は、こだわりの黒糖だ。

仔羊の肉はフライパンで脂を落としてからコンベクションオーブンへ。再度フライパンで余分な脂を落としたら炭火で仕上げる。スパイスの香りは時間を経ることでマイルドになり、羊肉には焙煎したてのもののほうが合う。

 また、仔羊の旨味をより印象付けるために、スパイスと合わせてコブミカンの塩漬けを考案した。実はこのコブミカンの塩漬けが、シェフのもうひとつの新しい試みだ。

「調味料としてよく使われる塩レモン。同じようにコブミカンを塩漬けにしてみたら面白いだろうなぁと思ったのです」
 コブミカンを塩漬けにして半年ほどたった今、塩が馴染んで塩味の中にまろやかさが感じられるようになってきた。これをペースト状にして自家製のマヨネーズと合わせてソースを作った。これもまた仔羊に合う。

「アンディ」は、実力派のシェフソムリエがオーナーの店だが、開店から1年も経たないうちに予約の取れない人気店になった。その理由は、新しい味を追求するシェフやスタッフたちの努力があってこそだろう。店のコンセプトは、エスニック料理とワインや日本酒のマリアージュ。この新しいスタイルは、味に敏感なゲストたちにすぐに受け入れられたが、内藤さんの専門はフランス料理。エスニック料理店のシェフになることに抵抗はなかったのだろうか。「まず僕はアジアが好き。どこにもないこの店の新しさにも惹かれました。これまでイノベーティブなフランス料理をやってきたので、自分のベースにはフランス料理があります。でもこれからは、ジャンルにとらわれないおいしさに挑戦していきたい」

 ジャンルを超えて、柔軟に自分を解放することで見えてくる美味しさ。インドやスリランカでの体験も、そうした感性の賜物なのだ。

インド、スリランカで学んださすがのスパイス使い
個性的な食材には香辛料の鮮烈な香りを

仔羊の炭火焼 塩漬け  コブミカンのソースとミックススパイス
仔羊の肉にミックススパイスとコブミカンのソースを付け、付け合わせと一緒に口に運ぶのがシェフおすすめの食べ方だ。付け合わせの黄金柑やフルーツトマトともよく合うように計算されたスパイスやソースの味わい。ハーブの香りがアクセントに。
Chihiro Naito
1983年、埼玉県生まれ。専門学校卒業後、株式会社サンタブリアに入社。2010年、「レフェルヴェソンス」へ。「レフェルヴェソンス」ではスーシェフまで務めて17年に退社。18年、「アン ディ」のシェフに就任。

An Đi アン ディ
東京都渋谷区神宮前3-42-12 1F
03-6447-5447
● 12:00~13:30LO(土日のみ) 18:00~23:00LO(土日は22:00LO)
● 月休
● コース 5900円
● 23席
http://andivietnamese.com/


上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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