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小林圭がパリに咲かせた大輪の花(前編)


過激とさえ思われた表現は熟して芸術となった

年明け間もなくセンセーショナルなニュ―スが世界を巡った。
29ヶ国で発行されているミシュランガイドの中でもっとも評価が厳しいとされるフランス版で、日本人が初めて三つ星に輝いたのだ。話題の人「小林圭」は、激戦区パリでどのように料理と向き合い、上りつめていったのだろうか。

「オレを見ろ! KEI だ!」
野心あふれる挑戦者と出会った。

 2020年のミシュラン発表は、さる1月28日の午後4時に開始された。私はその前夜、小林圭さんを食事に誘うとこう言った。「圭さん、三つ星はまだだと思うよ」

 すると、「そんなのわからないじゃないですか」と閉口気味の返事。圭さんが二つ星を獲得してからすでに3年が経ち、三つ星への昇格を熱望していたことはわかっていたが、私が「まだ早すぎる」と言ったのには理由があった。フランス料理の殿堂「ポール・ボキューズ」(ボキューズ氏は2018年に死去)の三つ星から二つ星への降格が数日前に伝わってきていたからだ。フランス料理の栄光のシンボルだったボキューズを降格させた年に、日本人に最高賞である三つ星を与える訳がない。

 しかし、翌日、圭さんは見事に三つ星を獲得した。発表会場にジャーナリストたちの声が飛び交う。「ボキューズを格下げにしたことだけでも『革命』なのに、日本人に三つ星とは」。

 評価基準も覆面調査員の数も明かさない秘密主義のミシュラン。その評価がシェフの人生だけでなく、一国の経済を左右するほどの影響力を持ちながら、「三つ星に選ばれるのはお決まりの超高級ホテルレストランばかりで、独立した若いシェフを見落としている」と近年、非難されていた。

 そこで、2018年には、ミシュランガイドの新しい総責任者に38歳のグウェンダル・プレネック氏を抜擢。2年後、パリで日本人に三つ星を与えたことは、たしかに「革命」だったかもしれない。これにより、一気にミシュランは埃臭いイメージを払い落とした。

 圭さんに三つ星を与えた理由として、ミシュランが古臭さからの脱皮を迫られていたことは無視できないと思う。しかし、一番の理由は、やはり「圭さんの料理だ」と断言できる。

 私が初めて「Restaurant KEI」で食事をしたのは、オープンの数ヶ月後、2011年の夏だった。「ずいぶん過激な料理だなぁ」と首を傾げたことを覚えている。強い酸味と甘味、味が濃かったり薄かったり……。よく言えばメリハリがきいていて濁りがなく、食べ手に強い印象を残すアグレッシブな料理だった。当時流行っていた分子ガストロノミーの影響も見られ、盛り付けは、皿の片隅にちょこんとのせたり、鮮やかな赤や緑の絵具をキャンバスに投げつけたりするような皿もあった。「オレを見ろ! KEIだ!」と叫んでいるような野心に満ちた皿だった。

 私にとって料理はあくまで快楽だから、シェフの主張や人生観などが滲み出ているような料理は好まない。しかし、その「絵具」をスプーンの先で数滴すくって口にしてみると、意外にもクラシックに仕上げたソースだった。ある程度過去のフランス料理を経験していないと、皿の外観と雰囲気に惑わされて気づかないが、圭さんの料理からは、れっきとしたフランス料理の基盤を読み取ることができた。

 食後、圭氏との初対面。黄色く染めた髪に高級ブランド「クリスチャン ルブタン」のスニーカーをはいて、まるで自己主張の塊のような若いシェフがそこにいた。

三つ星獲得後、「Restaurant KEI」のチームで記念撮影。「フランス人スタッフはけじめがはっきりしているからダラダラとは働きません。日本人以上に勤勉な面もあります」と圭さんは昔から言っている。

「KEI」オープンの翌年、一つ星獲得。しかし、フランスの「壁」は厚かった。

 2度目に「KEI」に行ったのは、それから半年後だった。圭さんは私にオマールのベニエを突き付けた。ベニエとは、衣を揚げたり、衣に浸して揚げたりした料理のこと。例えばドーナツ、バナナフライなどだ。原価が安く、カロリーは高く、フランスでは寒い北部の庶民の味。そこにオマールという超高級食材をぶつけて、日本の天ぷらよりも分厚いベニエに仕上げる。挑発的としか言いようのない料理は、意外に美味で、難しい揚げ具合も抜群だった。なるほど。やっぱり基礎はしっかりしている。味もいい。野心溢れる挑戦者か。面白いではないか。

 それから「KEI」に通うようになり、自己主張の強いキャラクターの裏には、意外に憶病で真面目な完璧主義者が潜んでいることもわかってきた。

 彼は日本の食材や料理法をあまり使わない。特に初期はフランス料理の基本にこだわっていた。21歳で渡仏し、フランスの風土と料理の基本を体で学んだからだろう。

 私は、圭さんの料理の「ちぐはぐ」なところも面白いと思った。通常、シェフはひとつの方向性を持っている。しかし、圭さんの料理はふたつの方向に延びる。たとえて言えば「夏」と「冬」。「夏」の象徴はトマト、ヤギのチーズ、オリーブ油、アンチョビ、イワシなど、南仏の地中海のイメージだ。一方「冬」はソース・アルビュフェラ(フォアグラ、鶏の出汁、バター、クリームをベースにした濃厚な高級ソース)、オランデーズソース(卵黄、バター、レモン汁、塩などで作るクリーム状のソース)、肉のジュなどで、フランスの森と冷たい海を思わせる。真逆とも言えるふたつの要素が巧妙に混ざり合い、ひとつの普遍的な味を作り上げる。

圭さんは、2011年のオープンの翌年に一つ星を取り、当時は「僕は三つ星しか眼中にありません」と言っていた。しかしその後なかなか二つ星は取れず、毎年ミシュランの発表前後は、誰とも口がきけないほどイライラしていた。フランスの壁の厚さがわかったのだろう。

 現実的な問題もあった。

「三つ星になると、人が来るんですよ」
「おいしければ人は来ますよ」と私。
「いや、スタッフです。三つ星だと働きたいという人が大勢来るから良い人が選べるし、辞めて行かない。レストランが安定するんです」

 今振り返ると、常に味は良かったが、「もてなす」という意味の料理の食べやすさ、寛容さが十分表現できていなかったかもしれない。2017年、やっと二つ星に昇格したが、あまり「三つ星」と言わなくなっていた。

(後編に続く)

© Pascal Lattes

Kei Kobayashi
1977年、長野県生まれ。19歳で上京し、 1998年に渡仏。ラングドック、プロヴァンス、アルザスなどの星つきレストランで修業し、2003年からは「プラザ・アテネ」に勤務。 2011年、パリに「Restaurant KEI」をオープン 。2012年にミシュラン一つ星、2017年に二つ星、2020年に三つ星を獲得した。

Restaurant KEI
5 rue du Coq Héron 75001 Paris
TEL (+33) 0142331474
コース 昼€58 ~、夜€110 ~
https://www.restaurant-kei.fr/

取材・文・写真/増井千尋(料理作家・評論家)構成 上村久留美
© Thuriès Gastronomie

Chihiro Masui 東京都生まれ。ソルボンヌ大学卒。パリ在住45年以上。料理ジャーナリストとしての信頼は厚く、「プレ・カトラン」「ジョルジュサンク」「アストランス」など、パリの一流店のシェフの書籍を多数手掛ける。

本記事は雑誌料理王国2020年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年5月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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