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【美食書評家の「本を喰らう!」】『何度でも食べたい。あんこの本』


あんこの本

吉村博光(よしむらひろみつ)
大学卒業後、出版取次トーハンで25年間勤務。現在は、HONZや週刊朝日などで書評を執筆中である。生まれは長崎で、ルーツは佐賀。幼少期は福砂屋のカステラ、長じては吉野屋の白玉饅頭が大好物。美食家だった父は、全国各地へ出張するたびに本や名産品を買ってきた。結果として本とグルメに目がなくなり、人呼んで“美食書評家”に。「読んで、食らう」愉しみを皆様にお届けしたい。

えっ!もともと、あんこが大嫌い?

一冊まるごと「あんこの本」だというので「どんだけ、あんこ好きなんだ!」と思ってページを開いてみた。するといきなり「実は私も、25歳の頃まで、あんこが苦手だった。甘いし、くどいし、三口で飽きる。」と書いてあるではないか。しかし、素晴らしい上生菓子との出会いをきっかけに開眼したというのだ。読み進んでみたくなった。

運命のお店は、京都の松壽軒。本書の一番最初で紹介されている。著者が「あんこ元年」というその出来事の一部始終、あんこの何処がどんな風に嫌だったのか、そこで食べた“こなし”がどれほど美味しかったのか、が克明に描かれている。これを読んだだけであんこ嫌いも好きになるのではないかというほど、文章が柔らかくて圧倒的な描写力があった。

全国36の名店を美しい写真で紹介

素晴らしいのは、文章だけではない。36の名店で供される逸品の写真が、実に美味しそうなのである。表現力は、菓子の旨さに限ったことでははい。本書からは、お店の雰囲気や職人さんの人となりまで、立ち上ってくるのだ。あんこという素材を通じて、そこに息づく無形の価値を描くことに成功している。

確かに名店を紹介しているが、これは決してガイドブックではない。本書によると「あんこは和菓子の命と言われながら、その発祥や歴史については不明な点が多く(中略)あんこに特化した本は圧倒的に少ない」という。36の現場をリポートすることで「あんこ」の現在位置を読み手に伝えるという意味では、本書は世にも稀なる専門書ともいえるだろう。

「つぶあん」派?「こしあん」派?

ところで私は、子供の頃からのあんこ好きである。キャリア初期は、お小遣いで入手可能な「あんぱん」が中心で「つぶあん」派だった。長じては、会社帰りに真っ黒なこしあんが入った中村屋のあんまんを買い食いするのが常になり、「つぶあん」派から「こしあん」派に鞍替えした。果たして、皆さまはどちら派だろう。

これは、国を二分する議論に発展する可能性がある大問題である。本書の巻末には横尾忠則氏による「つぶあん至上主義」という解説が掲載されている。抱腹絶倒である。横尾氏は、かつて「料理王国」で天野祐吉さん(こしあん派)と激論を交わしたことがあったという。それもあってなのかどうか、どうやら著者からのご指名があったようだ。

あんこに特化した、大満足の一冊

一方、本書の逸品は「つぶあん」もあれば「こしあん」もある。どれも職人さんの魂がこもったあんこだ。そこにあるのは、地域と伝統に基づいた細やかな仕事である。二つの分類だけでは全く足りないことは明らかなのだ。そのため本書は、例えば「こしあん」派の人を「つぶあん」に開眼させる力を持っているのは間違いない。

前述のように、語られる機会が少ない、あんこの奥深さや苦労。職人さん達はもっと語りたいのかもしれない。お店を紹介した後に用意されている「あんこの栞」コーナーでは、あんこの歴史や道具などを紹介。知識を整理してくれる。また、あんこに関わる著者の「あんこ日記」は7年半分あり読み応え十分だ。サービス精神旺盛、大満足の一冊になっている。

何度でも食べたい。 あんこの本
姜 尚美 著


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