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小林圭がパリに咲かせた大輪の花(後編)


過激とさえ思われた表現は熟して芸術となった

年明け間もなくセンセーショナルなニュ―スが世界を巡った。
29ヶ国で発行されているミシュランガイドの中でもっとも評価が厳しいとされるフランス版で、日本人が初めて三つ星に輝いたのだ。話題の人「小林圭」は、激戦区パリでどのように料理と向き合い、上りつめていったのだろうか。

前編はこちら

完璧な火入れ、贅沢なソース、オリジナリティに富んだ盛り付け。

 圭さんは今年、念願の三つ星を獲得した。私なりにその理由を分析してみると、ひとつには火入れの完成度の高さがあると思う。フランス料理の基本は肉だが、日本で育った料理人にとって肉は難しい食材だ。日本人は魚を焼く感覚で肉を焼くのだろうか。それに日本の肉とフランスの肉には違いがあって(日本の肉は脂が多すぎたり、水っぽかったりする)、一般的に肉を焼くのがうまくない。

 ところが圭さんは、牛肉や豚肉からジビエまで、肉という食材に精通し熟練の技を持っている。フランスのアルザス地方の有名店で働きながら、定休日は隣の精肉店で修業を積んだからだろう。「年に100頭以上の鹿をさばいた」そうだ。彼特有のジビエ料理の根源は、この時代のレガシーなのだ。

「アルザスはジビエのシーズンが5月から翌2月までと長いんです。鹿から始まり鳥で終わる。ドイツとフランスが取り合った複雑な歴史を有する地域だけに、これといった郷土料理がない反面、料理の工程がやたら多い。マリネして、レデュイ(煮詰める)して、重ねて、包んで、焼いて……。工程が何層にも重なるんですよ」と説明してくれた。

 焼く場合も、フライパンでポワレするだけでなく、オーブンに入れたり、バーナーで仕上げたり、サラマンドルで焼き上げたり。圭さんクラスのシェフなら、みんなこのくらいのことはしているだろうが、それぞれの「身」の質と特徴によって最終的にどのように仕上げたいかを想定し、それに至るにはどう調理すればいいかを一瞬のうちに見極めるのだ。それは肉だけでなく、魚も野菜も同じだ。

 だから圭さんの料理は正確だ。ぶれない。その日の気分で仕上がりを変えて素晴らしい料理を作るシェフもいるが、圭さんの料理は非常に安定している。去年6回もミシュランの調査員が訪問したらしいが、その「安定感」と「完璧さ」は高く評価されたはずだ。

 そして、フランス料理のもうひとつの基盤であるソース。ソースがなくてはフランス料理ではない。通常、ソースは肉の端切れや骨をワインなどで煮詰めて作るが、圭さんのソースは贅沢な部位を使う。つまりソースも肉料理の一部というわけなのだ。

 さらに圭さんが他の日本人シェフともっとも違うところは、皿の盛り付けが醤油臭くなく、また、誰にも似ていないところだ。料理の仕上げにオリジナルなモダニティと美的感覚がなくてはどんなに味が良くても三つ星は取れないだろう。

理にかなった方法で
ゲストを喜ばせる圭さんの実力をフランスが認めた。

 現在、私は圭さんの3冊目の本に取り掛かっている。同じシェフの豪華料理本を3冊も出すことはまずないことだ。しかし、この9年の間の彼の進化。私は、彼の「目立ちたい」野心の裏に潜むアーティストを認めざるを得なかった。

 ジャーナリストだった母、増井和子は、1985年に刊行した『パリの味』に「シェフは芸術家」と書いた。「料理長」が、食べ物を作るただの職人から、厨房の指揮者「シェフ」として認められ始めた時代。スター的存在の芽が出始めた頃だった。私は母の考え方に反発した。食べ物を作る料理人が、なぜ、ピカソやロダン、ショパンやベートーヴェンと比べられるのか? だが、それなら芸術家とは何か。自分の技を使って表現したいことを世に叫ぶ。それが音楽であろうと、絵画であろうと、彫刻であろうと、文章であろうとかまわないならば、料理でも良いではないか。

 忠実に古典を再現し、伝統を守り続けながら作品を作るのが職人だが、職人が完璧を超越してアーティストに至ることもあると私は信じる。逆に、才能も技術もないのに芸術家でありたいがために独創に走る者もいるだろう。料理で言えば、外観ばかりで味に主張のない料理だ。人間の五感と知性を刺激し、自己主張しつつもゲストを喜ばせる。それが料理の芸術家ではないか。良き職人でありながら自己表現も豊かな料理人こそ「芸術家」と言えるのではないだろうか。母が「シェフは芸術家」と綴った理由がそこにあった。

 フランス社会では「個性がない」ことが批判の的となる。それゆえ、どんなに幼くても、また未熟な存在であっても、自己表現の場が与えられる。男女を問わず、何歳でも、何人でもだ。だからこそ、「自己表現」という野心を抱く日本人がパリに殺到するのだ。その代わり競争は激しい。勝者と敗者の違いは、言いたいことの奥深さと強さだと思う。それが「オレを見ろ」でも、「料理は世界を救うべき」でも、理にかなった説得力と、味覚に呼びかけ、喜ばせる力があれば、メッセージ自体はなんでもいい。

 だから圭さんは芸術家だ。美食は目から始まる。圭さんの皿は斬新で美しい。次は鼻。香りはフランス料理に忠実で、旬へのこだわりも十分にある。食感も味も言うことなし!

 芸術家・小林圭は、フランス料理の基礎を巧みに取り入れ、時に日本人特有の感覚を活かしながら、強く明確に主張を伝えることに成功したのだ。

料理でたどる三つ星への軌跡

2011年のオープン時から2020年の春まで、私は圭さんの料理の9割以上を食べていて、比べてみると(カメラもライティングも違うし、昔の料理と今の料理を比べるのは圭さんに申し訳ないのだが)、料理の進化が浮かび上がってくる。

スズキの鱗焼き

スズキの鱗焼きは、圭さんのスペシャリテのひとつ。2012年の1月にいただいた時には、何種類も柑橘がのった賑やかな料理だった。

一つ星からなかなか昇格できず、2014年から2015年頃が、圭さんにとって一番苦しい時期ではなかったかと思う。お皿の上には数種の柑橘。燻製のウナギや甘辛いソースを添えてみた。盛り付けのスタイルにまだ迷いが見えるが、味は確かだった。

三つ星発表の数日後のスズキの鱗焼きは、すっきりとしてとてもおいしかった。スズキの厚みはよく計算されていて、付け合わせは香りと酸味をきかせた小さな「サラダ」のように、チコリ、ケッパー、トマトの漬物、赤ワイン酢漬けのエシャロット、バローロのワインビネガー。そこにやわらかいシャンピニオンのスライスを。小さな四角はアンチョビの燻製。「20種類のアンチョビを試食して選んだものです。非常によくできていて気に入っています。ちょうど良いまろやかさと燻製の具合と厚みがあります。60℃の皿に置くのでサーブするときには15 ~ 20℃になっています」と圭さん。アンチョビのワンポイントは燻製の旨味で食べ手を遊ばせる。

ベニエ (揚げ物)

2012年3月にいただいたベニエ。高級食材のオマールを揚げるとは、なかなかの度胸。挑発的なひと品はこの1回だけだった。フランス人が「テンプラ」と呼ぶ揚げ物。この時期からすでに圭さんはパリ一「テンプラ」がうまかった。

久々に出てきた、私が好きな圭さんの料理、アーティチョークの「テンプラ」。過去のオマールは面白かったが、こちらは素直に美味を感じる。ふたつに切ると、熱々の蒸気がファルス(詰めもの)から舞い上がる。クリーミーなファルスにはジャンボン・ア・ロス(骨から削いだハム)とトリュフが。衣が黒いのは炭を入れたから。

2020年の新作メニューから

円熟味を感じさせる料理の数々

鳩と白アスパラ、フォアグラのソース。今回の傑作だった。鳩はローストしてから炭火焼。白アスパラは注文した日の午後に採ったものが翌日の朝に届くから、生で食べられるほどの鮮度。ソースは香りも味も実に複雑で、舌にまとわりつき、口の中で果てしなく広がる美味。

牛肉のタルタルにカクテルソース、その上にパン粉と竹炭を揚げたものと、カリッとした食感のポップキヌアを。華麗な外観に反して口に入れるとどっしり濃厚なひと品。最初、舌に当たるのはまろやかな酸味と脂肪分の丸みだが、噛みしめると徐々にこれらが甘味に変化する。

イベリコ豚のタタキ。 豚というより脂肪分ゼロの牛のような赤身肉で、ひと口サイズに切り、かすかな甘味のピぺラード(ピーマンなどの夏の野菜をトマトで煮込んだもの)につけて食べる。タンポポの葉のほどよい苦味であっさり感を。

ユッケ風帆立。脂っこさはないがクリーミーなテクスチャーで丸みがあり、生のホタテのねっとり感がいい。味付けにはニンニク、ショウガ、豆板醤、みりん、酒、コンソメ、煎りごまと練りごま、醤油など。フランスとアジアを旅した気分。

© Pascal Lattes

Kei Kobayashi
1977年、長野県生まれ。19歳で上京し、 1998年に渡仏。ラングドック、プロヴァンス、アルザスなどの星つきレストランで修業し、2003年からは「プラザ・アテネ」に勤務。 2011年、パリに「Restaurant KEI」をオープン 。2012年にミシュラン一つ星、2017年に二つ星、2020年に三つ星を獲得した。

Restaurant KEI
5 rue du Coq Héron 75001 Paris
TEL (+33) 0142331474
コース 昼€58 ~、夜€110 ~
https://www.restaurant-kei.fr/

取材・文・写真/増井千尋(料理作家・評論家)構成 上村久留美
© Thuriès Gastronomie

Chihiro Masui 東京都生まれ。ソルボンヌ大学卒。パリ在住45年以上。料理ジャーナリストとしての信頼は厚く、「プレ・カトラン」「ジョルジュサンク」「アストランス」など、パリの一流店のシェフの書籍を多数手掛ける。

本記事は雑誌料理王国2020年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年5月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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