歴史があるけど新しい、広島県の「比婆牛」と「瀬戸内さかな」に注目!


温暖な気候に恵まれた広島県。そこで産する食材は総じてポテンシャルが高いが、県の北部の銘柄牛「比婆牛(ひばぎゅう)」はとりわけ評価が上昇中。一方、広島が誇る「瀬戸内さかな」も人気を集める。それぞれどのような背景と魅力を持つのか、地元の生産者と料理人に話を聞いた。

江戸末期に生まれた役牛が、戦後肉牛に。いずれでも最高評価だった

昨今、肉牛として高い評価を得るようになっている比婆牛。実はこの牛、江戸時代に遡る誕生から今に至るまでに、栄光、逆境、復活というドラマチックな道を歩んできた。

比婆牛の産地である広島県庄原(しょうばら)市は、県内最北東部の山の中に位置。このエリアは江戸時代、日本の伝統的製鉄「たたら製鉄」が盛んで、牛は製鉄に必要な大量の薪の運搬で活躍していた。ちなみに当時、牛といえば農耕や運搬を担う役牛。日本における肉牛飼育のはじまりは、肉食禁止が解けた明治時代以降だ。

庄原市の繁殖農家、山岡芳晴さんの育てる比婆牛の仔牛や親牛
(画像提供 広島県)

さて江戸時代後期の庄原(比婆)地区に、「交配により、ここ山間地にいっそう適した役牛が作れるのでは?」と取り組む人が現れる。畜産家の岩倉六右衛門氏だ。

岩倉氏は「狭い山道でも歩きやすい小柄な体躯」「おとなしい性格」「長生き」などの性質を備えた牛を選別、交配をくり返すことで比婆牛のもとになる牛の系統を確立。西洋でメンデルの法則に基づく近代育種学が成立する前から、比婆では計画的な牛の交配が行われてきたのだ。

比婆庄原地域は以降、特に明治、大正、昭和前期を通して「優秀な役牛を産する」ことで全国的に名が知られるようになった。

しかし第二次大戦後、農村にトラクターなどの農業用機械が浸透すると、日本において役牛は歴史的役割を終えることに。そんな中、比婆庄原地域でも「これからは役牛ではなく肉牛を作る」という情勢にとなり、肉質改良に着手する。

その後、岩倉氏以来蓄積されてきた確かな交配技術を駆使しながら、20年間以上にわたって粘り強く努力を継続。結果、比婆牛は1980年代に、全国和牛能力共進会(通称「和牛のオリンピック」)で連続優勝(1982年・87年)を達成。今度は肉牛として全国的に名が知られる存在となった。

比婆牛の肥育農家、ひば高原田中牧場の田中髙志さんが肥育する比婆牛
(画像提供 広島県)

「霜降り絶対主義」と比婆牛・冬の時代

しかしその直後、日本中の肉牛農家にとって激震となる出来事が起きる。91年の牛肉の輸入自由化だ。これにより安い外国産牛肉が国内に流入。日本の牛肉業界は、赤身中心の輸入牛肉から国産の牛を差別化すべく、黒毛和牛の特徴である脂肪の交雑(霜降り)に着目し、「霜降りが多いほどいい肉」という格付けを推進する。と同時に、効率的に肉がとれる、大柄な肉牛も高く評価する傾向を加速させた。

しかしこれにより、比婆牛は逆境に立たされてしまう。比婆牛は、肉の味は一流でありながら、小柄で霜が入りにくい性質を持っていたのだ。

この事態に直面し、比婆牛の産地では「大柄で霜の入りやすい牛」をめざし、新たなる肉質改良に着手。県外の牛の精子を導入するなど模索したが、結果はなかなか出ず。そうこうするうちに比婆牛は本来の系統が薄まるという、混乱と不遇の時代を過ごすことになってしまった。

上質な脂を軸に、再び表舞台へ

そんな長い逆境時代に、ようやく終止符が打たれる象徴となる出来事が、2017年に起こる。全国和牛能力共進会で、比婆牛が優秀な成果を残したのだ。

愛情たっぷりに育てられている、ひば高原田中牧場の比婆牛
(画像提供 広島県)

実はこの年の共進会から、牛の評価基準が見直され、脂の味、口溶けのよさも評価の対象に追加されることになった。比婆牛の特徴である、オレイン酸を多く含む、融点の低い脂身に光があてられるようになったのだ。脂の質を重視する傾向はその次の22年の共進会で強化され、比婆牛は高い成績を残す。

なお、全国和牛能力共進会の方針がこのように変化した背景にあるのは、2010年代初頭から世間で高まった「赤身肉ブーム」「熟成肉ブーム」と、それに伴う霜降り一辺倒の牛肉評価の揺らぎだといえる。霜降りか否かより、赤身や脂の風味、質にフォーカスして人々は牛肉を選ぶようになっていった。

こうした流れに呼応するように、比婆牛に携わる人たちも作戦を再考し、霜降り志向から訣別。比婆牛の本質を見直し、魅力を再定義し、脂の質のよさ、赤身の味のよさで世に打って出ることとしたのだ。

かくして、1980年代に味のよさで鳴らした比婆牛の評価が、近年大復活。役牛として、肉牛としてすでに2回黄金期を経験している比婆牛。令和の今、上質な脂を武器に、3回目の黄金期を迎えようとしている。

「食べておいしい」本物の肉

新たな黄金期へと向かう比婆牛に、ひときわ熱心に取り組む2人の生産者に話を聞いた。

1人目は、庄原市・ひば高原田中牧場の田中髙志さん。年間約20頭の比婆牛を出荷する、牛の肥育農家(7〜8ヶ月齢の仔牛を買い、28〜 30ヶ月齢まで育てて出荷する農家)だ。

田中髙志さん。40年以上にわたり、比婆牛を飼い続けている
(画像提供 広島県)

田中さんは比婆牛の特徴を「おとなしくて、飼いやすい」と話す。岩倉六右衛門氏がめざした「飼いやすい」という選別の結果が今も生きているのだ。

田中さんが日々、比婆牛を育てるにあたり大切にしているのは、「とにかく腹一杯、いいものを食べさせてやること」だという。「同じエサを毎日。いつも『欲しいだけ食べろ!』という気持ちです(笑)」。

なお牛のエサには「粗(そ)飼料」と呼ばれる稲藁や牧草と、「濃厚飼料」と呼ばれる穀物中心の2種類があるが、田中牧場では、粗飼料を自分の牧草地や田んぼで作っている。これは、全国でもめずらしい例。「外から買ってくると、どうしても品質にばらつきがあります。私たちは均一にいい肉を作りたいと思っているので、エサのばらつきは大敵。だったら自分たちで作ろうと、40年前に牧場をはじめた時から取り組んできました」。

また濃厚飼料に関しては、田中さんは「粕は使わない」と決めている。大豆油を絞った後の大豆粕、ビール造りの工程で出るビール粕などは家畜のエサとして流通しているが、それらは使わない。穀物そのものを与える。

比婆牛について、田中さんは「サシに関しては、もっといい牛は全国にいくらでもいるでしょう」と話す。「でも味に関しては、肉本来の味がして格別においしい。脂もサラッと溶けてスッキリと旨い。それも遺伝と言われ、強み。味で勝負です」。

繁殖農家と肥育農家、一体で発展に取り組む

もう1人話を聞いた生産者が、比婆牛の繁殖農家である山岡芳晴さん。繁殖農家は、仔牛の誕生から7〜8ヶ月齢までの飼育を担い、肥育農家へと販売。バトンタッチする。

比婆牛の繁殖農家の山岡芳晴さん。庄原和牛改良組合長も務める
(画像提供 広島県)

「仔牛の飼育では『腹筒を大きくする』ことを大事にしています。胃袋を大きくしてあげて、肥育農家さんのもとでしっかり食べ、しっかり太るための土台を作るのです」。仔牛が母牛の乳で育つのは4ヶ月ほどまで。それ以降は牧場に放し、好きに牧草を食べさせます。

「比婆牛は2019年にGI(※注)登録され、ルールが整いました。これから比婆牛の価値が上がっていくよう、頑張りどころです。どうしてもサシが入る系統の仔牛が高値になりがちですが、比婆牛のこれからを信じて、じっくりと取り組んでいきます」。

※注 GI(Geographical Indication):独自の生産工程と、その土地の風土の影響によって生まれる、高い品質の農畜産物の名称を、知的財産として保護する国の制度。地理的表示(GI)保護制度という

2017年と22年の全国和牛能力共進会における比婆牛の高評価は、山岡さんをはじめ、比婆牛の復活に取り組む人たちにとって力強い朗報だった。「肥育農家の方々との協力もますます強め、この牛の魅力を高め、伝えていきたいですね」。

やさしさは味にも表れている

広島市内のイタリア料理店「イプシロン」の白木祐次シェフは、比婆牛の魅力をよく知る料理人。「比婆牛は、本当に味のいい牛。部位ごとの塊をパックされた状態で仕入れていますが、開封した時の香りからして素晴らしいんです! 赤身も脂も、上質な証です」。

白木祐次シェフ。修業したイタリア北部〜中部の伝統料理を中心に、イタリアの空気を感じる品々を店で提供。広島食材もふんだんに使い、素材から生まれるオリジナルな発想を料理に生かすことも。

白木シェフは、先述の田中牧場の田中さんのもとを訪ねたことがあるそうだ。「田中さんは、比婆牛の性格を『やさしい』とおっしゃっていました。肉質も同じく、しっかりとした旨みと香りを備えながらもやさしいように私は感じます。脂身の口溶けのよさが影響しているのかもしれません。融点が低く人間の体温でも溶けるので、口の中でサラリと流れます。ベタつきがないんですね。それが、比婆牛ならではの、スッキリと心地よい印象につながるのではないでしょうか」

脂が上質ゆえ、熱々のメイン料理だけでなく、冷製や常温の前菜でも比婆牛は実力を発揮する。「メインとしての比婆牛は、サーロインなどをステーキにしてお出ししています。旨みがいちばんストレートに伝わる料理です。味はもちろん、肉質がいいから、こんがりとした色づき具合も他の牛とは明らかに違う美しさ! 使っていて嬉しくなる素材です」。

一方、今回は前菜として楽しむ料理「比婆牛と牡蠣のパイ包み焼き」を紹介してくれた。広島産素材をふんだんに用いた「オール広島」の料理だ。

牡蠣のミネラル感たっぷりの旨みと、比婆牛の穏やかながら豊かな旨みが組み合わさり、海苔と広島菜の風味も香る。リッチでありながら軽やかに食べることができる一品

「牡蠣、ノリ、広島菜、アワビタケのデュクセル(みじん切りをじっくり炒めたもの)を比婆牛のリブロースで包み、さらにパイ生地で包んで焼きました。ソースは赤ワインソースと、広島市で栽培されている『祇園パセリ』のソース。地元の葉野菜とみかんを添えています」。

“牡蠣と牛肉”とはめずらしい組み合わせだが、強い味同士が互いを高め、非常によい相性を見せている。

「この料理は、うま味の相乗効果を狙ったものでもあります」と白木シェフ。「寄せ鍋で肉、貝類、野菜、キノコを一緒に煮ると、複合味で味が高まると読んだことがあります。その応用です」。

もう一品紹介してくれたのは、比婆牛のラビオリ。比婆牛のスジ肉や端肉を煮てからフードプロセッサーでピュレにし、ラビオリの生地で包む。これを、深い旨みをたたえる比婆牛のコンソメに浮かべて提供。「スジは旨みが強い。煮込み料理に向きますが、煮てから端肉とともにピュレにすればパスタの詰め物に使えます。おいしいだけでなく無駄がありません。味の濃さも魅力です」。

ラビオリの中身は、比婆牛のスジや端肉のペースト。なめらかな舌触りでしっかりとしたコクを持つ。旨み豊か、香り高い比婆牛のコンソメとともに

イタリアの北部〜中部で修業し、彼の地の食文化に魅了されたという白木シェフ。「イタリア現地の豊かな食をテーブルで感じていただけるよう、常に心がけています」。と同時に、広島県産の食材を積極的に使い、その魅力を多くの人に伝える。「広島県では比婆牛を筆頭に、風味のしっかりとした西洋野菜など、私が好きな『イタリアを感じる』料理の土台になってくれる力のある素材が増えています。これからもそうした素材とともに、料理の魅力を磨き続けていきたいです」。

穏やかな海で育つ広島の魚

瀬戸内海に面する広島県は、いうまでもなく、魚の名産地である。「広い瀬戸内海の中でも、広島の魚はとりわけ穏やかで、多様な環境ではぐくまれています。その結果である、優しい味わいが魅力です」と、望月亮さん。広島市中央卸売市場で3世代にわたり鮮魚の卸売業を営む、株式会社ヒロスイの社長だ。

広島市中央卸売市場の水産部が運営する「魚食普及委員会」委員長も務める望月亮さん。魚の魅力を日々積極的に発信する

「広島は牡蠣の養殖で知られています。なぜ養殖に適しているかというと、広島湾に流れる太田川など、中国山地から流れる河川の栄養分豊富な水が、牡蠣の餌となる植物性プランクトンをよく育てるから。島に囲まれ、波が穏やかということも挙げられるでしょう」。

こうした環境が快適なのは、牡蠣だけでなく魚も同じ。「特に『筏まわり』と呼ばれる、牡蠣養殖の筏の周辺で獲れる魚はおいしいものが多いですよ。穴子が知られています。『ハサミ』という、銛に似た、筏まわり専用の魚を獲る道具があり、それで魚を傷つけずに挟み獲るのです」。

広島で揚がる瀬戸内さかなとしては、春は本メバル、オコゼ、サヨリ、サワラなどが人気だ。「白身系で淡白ですが、味がのっていて本当においしい」と望月さん。

夏は鱧、太刀魚、鰻などが旬を迎え、アコウも美味。秋はカサゴ、クロダイ(チヌ)もおすすめとのこと。冬はヒラメ、舌ビラメなどが人気を集める。

冬が旬の広島産のカワハギ。大人気の魚だ

また、「6月10日解禁の小イワシの刺身も、広島県民の大好物です」と話す。小鰯とはカタクチイワシのことで、いりこ(煮干し)に加工される印象が強いが、広島では身をスプーンでさっと捌き、氷水でていねいに、くり返し洗ってから生姜醤油で食べる。

「臭みを取り除いた小鰯の刺身は実においしく、『7回洗えば鯛の味』などと呼ばれています」。6〜8月に皆がこぞって食べる、広島の夏の味だ。「これはぜひ、広島に来て生で食べていただきたいですね」。

ただし、望月さんの一番好きな魚は他にあるようだ。「カワハギです。時期である冬は、週一でカワハギ釣りに出かけるくらい(笑)。薄造りにして肝醤油で食べるのが最高ですね」。

捨てるところのないカワハギ

そのカワハギを使い、皮も肝も生かす料理を作ってくれたのが日本料理店「喜多丘」のご主人、北岡三千男さん。広島を代表する和食の料理人で、技術の引き出しの豊富さと確かさから、慕う料理人が全国にいる名匠だ。

北岡三千男さん。東京、京都、大阪の料亭で修業ののち、1976年、28歳で地元に「喜多丘」をオープンした

「カワハギは日本料理の基本の五つの料理法の、どれででもおいしく食べられます。刺身つまり生、焼く、煮る、蒸す、揚げる、です。さらに身はもちろん、肝、フグで言うところの“とおとうみ(外皮と身の間にあるゼラチン質の多い皮膜)”、外皮も食べられます」。

今年76歳を迎える北岡さん。今も毎日カウンターに立ち、達人の動きでお客を魅了する

ザラザラした外皮は一見とても食べられなさそうだが、低温の油で10分間ほどかけてじっくり揚げると、磯の香りとサクサクとした食感が心地よい皮せんべいに。「これは日本料理の伝統的な仕事なんですよ」と北岡さん。“とおとうみ”は霜降りにすると、強い弾力と旨みに。「捨てるところのない、多彩においしく楽しむことができる魚です」。

そんな北岡さん曰く、「カワハギの醍醐味は肝。肝が大きくなる冬のカワハギは実に使いでがあります」。今回は、肝を身で巻き、細かく砕いた柿の種の衣をつけて揚げた料理を紹介した。肝のコクを力強く感じる一品だ。

中央が、カワハギの肝をカワハギの身で巻いた揚げ物。柿の種の衣の香ばしさが、淡白なカワハギの身に香りを添える。上からかけた広島産ブロッコリーの餡は風味も色も鮮やかで、旨みたっぷり。左がカワハギの“とうとうみ”の霜降り、右が皮せんべい。広島といえば、のレモンも添えて

「広島の沿岸は、島々に囲まれた狭い海です。中国山地からのミネラル豊富な水が流れ込む守られた海で、魚の好物であるエビや海藻が豊富。それでいて、一定の潮の流れもあるので、魚は適度な運動もします」。瀬戸内さかなは沿岸の地形ごとで、県やエリアごとに個性がある。「私は広島のやさしい魚が好きですね」と北岡さん。日本料理の技術をもって、その魅力を多くのお客や後進の料理人に伝えている。広島の比婆牛と瀬戸内さかな。もともとのポテンシャルを把握し、さらにブラッシュアップすべく県が力を入れている食材。その魅力は、全国に広まりつつある。

イプシロン

広島県広島市中区十日市町2-9-25
082-231-8007
12:00〜13:00 LO
18:00〜21:00 LO
月曜休

喜多丘

広島県広島市東区牛田本町3-2-20
牛田グランドハイツB1
082-227-6166
11:30~14:00
17:00~22:00
日祝休
https://kitaokazo.gorp.jp

○問合せ先
広島県農林水産局畜産課 畜産課 | 広島県
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/85/

広島県農林水産局水産課水産課 | 広島県
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/88/

○参考情報
ひろしまラボ記事 比婆牛とは?|特徴、美味しさの秘密、肥育のこだわりを徹底解説! | 徹底解剖!ひろしまラボ
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/lab/topics/20221122/01/

瀬戸内さかなホームページ
瀬戸内さかな日和
https://www.hiroshima-setouchi-sakana.jp

瀬戸内さかな Instagram
【広島県公式】瀬戸内さかな

https://www.instagram.com/setouchi_sakana/

text:柴田泉 photo:水上アレックス

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