日本料理の名店を訪ねる「柏屋」


大阪・千里山

数寄屋造りの佇まいで心が遊ぶ美味しいひとときを

ミシュランガイドにおいて11年間にわたり三つ星を獲得し続け、その名は海外にも広く知られている料亭「柏屋 大阪千里山」。閑静な住宅街に佇む数寄屋造りの館には木々と苔の緑がしっとりと美しい庭園や茶室「嘉翠(かすい)庵」があり、訪れる者を非日常の世界へと誘う。繊細な美意識が貫かれる料理や器、卓越した空間演出に主人の渾身のもてなしが実感できる。

鱧葛叩き焼き目 蕪煮 松茸 菊葉薄衣揚げ
菊花入り薄葛仕立て 松葉柚子

名残りの鱧と松茸の出合いの時期、火が恋しい季節へと向かうさまを鱧に焼き目をつけることで表現している。菊葉は苦味を軽減するため油で揚げる。菊の花弁が美しく舞うように薄葛仕立てで供する。器は梅と菊を描いた雅な花扇蒔絵のお椀。

1993年に建てた現在の館は数寄屋建築の名匠・中村利則氏に依頼したもの。ビロードのような苔の緑が美しい庭園は四季折々に表情を変える。奥には茶室「嘉翠庵」があり、お茶事にも対応している。

「一服のお茶を献上するために、料理や庭、空間、器などすべてに心づくしの演出をする。茶の湯の精神にはおもてなしの原点、日本文化の結晶があると感銘を受けたことが、料理人を目指すきっかけとなりました」と松尾英明さん。大学卒業後、滋賀の名店「招福楼」で研鑽を積み、1993年に実家の「柏屋」を引き継ぎ、現在の店舗に建て替えた。料理における季節の表現を、お客様に食事をする時間と空間を楽しんでいただくためのひとつの要素と考えて大切にしてきた。

「時代とともに、地域や家庭において五節句や年中行事など伝統文化の習慣が薄れ、ふれる機会は減る一方。季節の趣向を表現した料理に目を留める方も少なくなってきました。かつては言葉を介することなく伝わったことも、言葉を添えないと伝わらないようになり、季節のあいさつ文を用意することにしました。これによりお客様とのコミュニケーションが深まりました」。

今年、松尾さんは「喫食前に受け取る情報による食味満足度の変化の研究」という修士論文を書いた。食材や味、作り方など直接美味しさに関わらない情報を食べる人に与えることで美味しさの感じ方に影響があるのか、実験を通して考察。これは「柏屋」が「おもてなし」としていることの追認であり、日本料理において器の中身だけでなく、室礼や季節の趣向に意味があるか否かを学術的に検証することを目的にしたものだ。

食事の前のひととき、献立に目を通し、主人がつづる季節の背景や故事にふれることで興味がわき、イメージがふくらむ。これから始まるコースへの期待感と、丁寧に味わおうとする意識が高まる。

鳳凰が舞う蒔絵のお重で供するのは、長寿を祝う重陽の節句にふさわしい風雅な八寸。黄菊を敷き詰めた中に盛り込まれた小さな品々が愛らしく、箸を持つ手を弾ませる。名物料理の「甘鯛海老塩辛漬け焼」は重厚感のある備前の器で。うろこをパリッと立てた甘鯛だけを盛り付けた潔さにくっきりと素材の個性が際立つ。献立のひと品、ひと味を堪能することで幸せな気持ちになる。

「新型コロナウイルス感染症の流行は、食材の入荷などにも影響を与えました。あたり前に思っていたことがそうではないと気づかされました。社会が抱えている問題が露わになり、我々にものを考えさせるきっかけになっているように思います」。SDGsにも関心を寄せ、乱獲から天然魚を守ると同時に高品質な養殖魚を作り出すことで新しい価値観を生み、次世代へと繋げる活動にも力を注いでいる。

松尾さんは来年、還暦を迎える。「ひとつのゴールではありますが、80歳までにはまだ20年もあります。朝起きて夜寝るまでに、たとえ一歩でも前に進んでいたいですね」

ほんのりと焼き目を付けた鱧に旬の松茸を合わせ、炊いたかぶらを添え、揚げた菊葉と松葉柚子をあしらう。

「柏屋」の椀物の出汁は馥郁(ふくいく)とした香りと澄み切った味わいが印象深い。ベースは道南産真昆布をひと晩水出ししたもの。鰹節は枕崎産の本枯節のなかでも脂の少ない雄節(背側)の表面を削って、芯の部分だけを使う。端正な仕事を重ねて生み出される出汁はすっと体中に染み渡るような滋味にあふれている。

1.2016年の増築によって生まれた「出藍(しゅつらん)」は「青は藍より出でて藍より青し」にちなんで名づけた。日本古来の草木染めを手掛ける京都の染色家・吉岡幸雄さんの和紙を使用。藍染の和紙は土の壁に貼るのに適しており、自然な濃淡が味わいになっている。

特別誂えの栃の木のテーブルと北欧の椅子がモダンな「常盤(ときわ)」。松尾さんが好きでよく訪れる白金の東京都立庭園美術館からイメージを得て、天井や壁にアールデコの意匠を取り入れている。

甘鯛海老塩辛漬け焼
柏屋の名物料理。3枚に卸した甘鯛は瀬戸内産のアミエビの塩辛ペーストに軽く漬けて、表面をきれいに拭いて香ばしく焼く。焼いていくうちに自然にうろこが立ち、パリパリと小気味よい海老せんべいのような食感が楽しめる。器は辻村塊作「備前ぼた餅鉢」。

明治時代の鳳凰蒔絵重に盛り付けた八寸。交趾菊花皿に「鰹漬け 黄菊 防風 岩茸芥子和え」。赤絵金蘭手盃台に「車海老 生雲丹 とんぶり紅菊山葵和え 重ね盛り」。「菊菜 金針花 煎り松の実 胡麻よごし」は染付網目ツボツボに。織部菱小皿には鰹と昆布の出汁で味付けした「リコッタチーズ漬けアラレ揚げ」に実山椒のペースト、「銀杏素揚げ」、大徳寺納豆を射込んだ「栗あん茶巾」を。「さしみ湯葉 このわた 山葵」は時代盃に。

鳳凰が描かれたお重に美しく盛り付けられた八寸に心躍る。
松尾 英明さん
「皿の上だけでなく、食事の時間と空間、演出のすべてを楽しんでいただきたい」

柏屋
大阪府吹田市千里山西2-5-18
TEL 06-6386-2234
12:00~13:00(最終入店)
18:00~19:30(最終入店)
不定休

text: Sawako Yamada photo: Katsuo Takashima

本記事は雑誌料理王国318号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は318号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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