名レストラン御用達の美味しいベーカリーガイド「ル シュクレクール」 21年8月号


名レストランの料理には美味しいパンが欠かせない――。このベーカリーガイドでは、料理人の指名を受けてパンを焼く7名の一流ベーカーをご紹介。料理人のリクエストや哲学をくみ取って、料理を支える最高のパンを作り上げる、ベーカーたちの思いとは?

料理人と働くことは、彼らの見ている世界を垣間見る、刺激的な体験。

パン職人には「自分はこういう者です」と名刺がわりに出せるパンがある。ルシュクレクールの岩永 歩さんにとっては「パン グロ ラミジャン」がそれだ。彼はそれを作るというより育てる。さまざまな出会いや体験を経て、ラミジャンはより美味しく成長し、バリエーションを生んでいる。

レフェルヴェソンス(東京・西麻布) 
「パン グロ ラミジャン」→「ブリコラージュブレッド」

ル シュクレクールのシグネチャーブレッド。数種の小麦粉、サワー種とルヴァンリキッドで最小限のミキシング後、「時間」で生地を繋ぐ。岩永さんが監修する「ブリコラージュブレッド&カンパニー」のブリコラージュブレッドはその弟分。国産小麦100%、全粒粉を用いる。

「ル シュクレクール」の岩永歩さんは、レストランのパンを卸しではなく「協働」の気持ちで焼いている。それは目的を同じくするレストランのチームの一員として自覚し、彼らの料理と同じテーブルにパンを供する責任を持つということでもある。

レストランの依頼に応えるために、岩永さんが大切にしているのは、店へ行き、料理を食べ、シェフと接することで、どんな人がどんな想いで作っているのか、パンにはどんな役割が求められているのかを、なるべく正確に把握することだ。互いに「この人と仕事したい」と思えるかどうかも大切なことだ。

一つひとつのレストランと、そのように丁寧な関係性を築いてきた中で、現在の岩永さんに大きな影響を与えた二人の料理人がいる。

一人は「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフだ。生江シェフは「レフェルヴェソンス」のパンを頼む際、サンフランシスコのベーカリーを紹介し、自身の好きな空気感を共有した上で「岩永さんが一番好きなパンを、気持ちよく焼いてくれたら、それで十分」と言った。「レストランのテーブル上で、お互いが切磋琢磨する姿をお客さまに楽しんでいただければ、皆が幸せになると思ったからです」。岩永さんはその時、「パン グロ ラミジャン」の製法をアップデートした。

もう一人は「HAJIME」の米田 肇シェフだ。岩永さんは今でこそ、一流の料理人と対峙しているが、レストランで働いた20代の頃、初めて触れた料理人の知識や意識に圧倒された。パン職人の自分には未知の世界だった。そこから猛勉強し、経験を積んだことが、彼の現在を作ったのだ。米田シェフはその時の同僚だった。岩永さんが辞める時、「ぼくは料理人のトップになる。でもパンは岩永さんより上手く作れる気がしない」。そんなエールを送ってくれた。

「『HAJIME』というステージで再び共に働く機会を得た時、今まで費やしてきた時間が報われたと感じました」。岩永さんは言う。「料理人と仕事するということは、シェフが見ている(見てきた)世界を通じて、自分の知らない世界を見ることができる、とても刺激的なことです」。

岩永さんはベーカリーのフレームを外して、より広い世界を眺め、学び続けている。

イノベーティブ・フュージョン料理のレストラン「HATSU」の「モーモーブレッド」は、ソースを拭えるような柔らかさのある、クルミ入りのライ麦パン。桝本航平シェフから、スペシャリテに合わせるパンを依頼されて作ったそのパンに、デンマーク出身の奥様が母国語でつけた名前は「モーモーブレッド(おばあちゃんのパン)」。インスピレーションから生まれたパンが、その国の人に親しみ深く、温かな連想をさせたのだから、それは岩永さんにとって、最高の褒め言葉にもなった。
あまりミキシングをせず、加水を多めに、時間をかけて生地をつないでいく。
ドイツのWanzl社製のベーカリー専用ショーケース。95%が土に還る素材でできている。2020年のリニューアルを機に対面販売をセルフサービスに移行する際に導入した。

岩永 歩

1974年東京都出身。大学中退後、大阪及び兵庫のパン店、フランス料理店を経て2002年にパリの「メゾンカイザー」で修業。2004年に大阪・吹田市岸部に「ブーランジュリ ル シュクレクール」を、2007年に「パティスリー ケ モンテベロ」を開業。2011年「NPO法人 essence」を立ち上げる。2014年「シュクレクール 四ツ橋出張所」、2016年「ル シュクレクール北新地」を開く。

ル シュクレクール北新地

大阪府大阪市北区堂島1-2-1 新ダイビル1F
TEL 06-6147-7779
10:00~19:00 月火休

text: Mihoko Shimizu photo: Katsuro Takashima

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