日本料理の名店を訪ねる「懐石 小室」


東京・神楽坂
「懐石 小室」 小室 光博

素材の持ち味が一番光る料理を
こだわりの器で

出張料理人として活躍し、遠州流の家元付き料理人でもある小室光博さん。茶事に通ずる丁寧な仕事と細やかであたたかなおもてなしは、訪れるものの心を捉えて離さない。2018年から閑静な住宅街にある一軒家へとステージを移し、昨年には20周年を迎えた「懐石 小室」の現在を訪ねた。

お造り
秋に獲れる鯛は、うろこが赤く染まることから紅葉鯛とも呼ばれる。器は、竜田川に流れる紅葉を描いた意匠乾山色絵竜田川図向付をモチーフに、京都清水焼を代表する澤村陶哉さんに特注したもの。脂のりのよい鯛は薄造りに、紅葉の葉に見立てて盛り付ける。

神楽坂の繁華街から奥まった場所にある「懐石 小室」。竹垣をあしらった趣ある露地を歩くと自然と期待が高まる。

京都清水焼の澤村陶哉や九谷焼の須田菁華などの作品を中心に20代から収集。器は毎月変わり、中には数週間しかお目見えしない器もある。「親方からの受け売りですが、作りたい料理にぴったりくる器があるというのは料理人として幸せなことですね」と小室さん。コロナ禍でも「未曾有の事態は今までの歩みが間違いなかったか振り返る時期。今を有意義に過ごせれば、必ずいい未来が拓く」と前を向く。

神楽坂の住宅街にひっそりと佇む一軒家。小室さんの至高のもてなしは、露地から始まる。打ち水された石畳へと足を一歩踏み入れば、都心の喧騒を忘れる別世界 。暖簾をくぐると茶室を思わせる静謐な美しさが漂い、総檜のカウンターが迎え入れる。厨房の様子まで伺える客席では、小室さんの無駄なく流れるような所作に目を奪われ、料理が仕上がるまで手技を堪能できる。格調の高さにあふれながらも、尻込みするような雰囲気がないのは、ひとえに小室さんのあたたかな人柄と心配りからだろう。

食材への慈しみや敬いが伝わってくるような丁寧で繊細な手仕事と、全国から選び抜いた天然食材を惜しみなく大胆に使うことが小室さんの料理の特徴だ。

「私の尊敬する料理人からいただいた、『小室くん、料理屋は贅沢を食べさせる処やで。贅沢やないとあかん』という言葉を大切にしています。料理屋はお客さまに夢を見せる場所。だから使うときは豪快に。おいしいものはしっかり楽しんでいただきたいですから」。

時間を作っては生産者の元を訪ねる。小室さんが料理人を志した若かりし頃からずっと続けていることだ。生産者さんがどのような思いを持って、食材がどうやって作られているのか、言葉を交わして現場を体験することはとても大切なことだという。

「料理って食材がすべてなんです。本当にいい食材の前では、テクニックなんて必要ない。料理人ができることは素材に慎重に向き合い、その素材の持ち味をしっかりと表現するだけ。いい食材が手に入らなければ、料理屋は成立しません。こういう不安定な世の中になると、なおさら良い食材を届けてくださる方々には感謝しかありません。一方で、〝おいしい〞って味だけじゃないんですよね。見た目や香りももちろんですが、それができるまでのストーリーを知ることもおいしさの素になる。生産者さんの思いをお客様に届けることも、料理人の大事な役割だと思っています」。

料理もさることながら、毎月変わる器で季節を愛でることも「懐石 小室」の楽しみだ。「お客様のためにやれることは全部やりきったという自己満足ですね。気づかれなくていい。ただ、器に興味のない方でも職人の手の入ったものに触れると不思議と届くんですよ。食材も器も〝本物〞は伝わると信じています」。

昨年、20周年を迎えた。大きな区切りに感想を尋ねると「とくにない」と笑う。「遊び、なんです。私にとって店に立つことは。遊びというと聞こえが悪いかもしれませんが、料理人という仕事は、食材に、器に、人に出会える喜びが尽きない。仕事と休みを分ける方もいらっしゃるとは思いますが、私の場合は一緒くた。だから、20年経ったからどうってことはないんです。毎日が特別、毎日が記念日と面白がって生きています」。

日本百霊峰・護摩壇山から切り出した総檜のカウンター。

「柿釡の阿茶羅(あちゃら)和え」。同じ細さに揃えた柿、平目、人参、昆布を唐辛子の入った甘酢で和える。「阿茶羅は江戸時代の言葉で外国という意味。響きが好きなんです」。

ミシュランガイドでは二つ星を8年連続獲得。普段の柔らかな表情と打って変わり、食材を扱う眼光は鋭い。

定期的に自らまな板にカンナをかける。「お客様に気持ちよく召し上がっていただくために見える場所も見えない場所もきれいに整える。当然のことです」。

土瓶蒸し
ぎっしりと松茸を詰め込んだ土瓶蒸しは、中には「懐石 小室」を象徴する食材の鱧を潜ませた贅を尽くした一品。直火で一気に火を入れることで、素材のうま味を引き出す。透んだ味わいのスープは染みわたるおいしさ。蔓なしの土瓶は偶然見かけて一目惚れした京焼。

小室 光博さん

「食材も器も〝本物〞は伝わる。お客様のためにやれることは全部やりきりたい」

懐石 小室
東京都新宿区若宮町35-4
TEL 050-5487-3109
12:00~13:00LO
18:00~20:00LO
日祝休

text: Yuki Kimishima photo: sono/bean

本記事は雑誌料理王国318号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は318号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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