【マッキー牧元】名店を支える逸品 赤坂浅田のおしぼり


これがないと、「赤坂浅田」の宴は始まらない。
ほどかれた、大きな熱々のおしぼりは、手を優しく包み込む。顔に当てる。ふわふわのおしぼりの上から、額や目、頬をそっと押さえていく。

 その瞬間、仕事の垢が落ち、都会の速度が遠のいて、安寧が訪れる。さあこれから宴が始まる。幸せな時間が始まるというスイッチが、パチリと入る。

 この後に飲む、生ビールのおいしいこと。そして金沢の豊かな食材が、活きいきと舌に迫り、洗練された料理の味わいは、より澄み渡る。
「金沢本家の始まりは、宿屋でした。いらっしゃったお客様に、旅のお疲れを取っていただきたい、そう思い、たっぷりとしたおしぼりを出していました。料亭になっても、その気持ちを受け継がさせていただいております」と、若女将の浅田詠子さんは語る。

 元々おしぼりの発祥とは、旅籠を訪ねた客に、お湯を張ったたらいと手拭いを出し、湯に浸けた手拭いを〝絞って〟いたため、その名がついたという説がある。 縦34センチ、横幅48センチという、フェイスタオルより大きく、普通のタオルより小さいおしぼりは、テーブルに置いたときの美しさ、きれいに巻ける大きさを計算して、特注されている。消毒殺菌をして、洗濯され、「毎日、今日いらっしゃるお客様をお迎えする気持ちで、一枚一枚スタッフが巻いています」。

 実践してもらった。女性の細く美しい指で、力を指先に込めて巻く姿は、実に凛々しい。正確に折り目をつけ、引っ張りながらきつめに巻いていく。そうすることで、少々のことでは崩れない、高さ7センチにもなる、堂々たるおしぼりの形が出来上がる。

マッキー牧元 おしぼり
引っ張りながらおしぼりをしっかりと巻き込んでいく。おしぼりは、巻き終わると浅田家の家紋が上に向くようにデザインされた特注品。

 巻かれたおしぼりは、保温器の中でお客様を待ち、運ばれるうちに、体温より少し温かい状態となる。ちょっと熱いなと感じる温度が、快適なのだという。「顔だけでなく、首にも当てられ、お風呂に入ったようだと喜ばれるお客様もいらっしゃいます。数を巻くのは大変ですが、こうしたお客様が感激なさった声を聞くと、やった甲斐があったと思います」

 香りも難しい。洗剤を使いながら無臭にしなくてはいけない。だがあまりに無臭だと、保温器の匂いが移ってしまう。そのため日々研究をしている。

おしぼりへの思いを、こんなにも込めている店が、他にどこかあるのだろうか。

 大きく、ふんわりと厚いため、拭かずに顔に乗せるだけで気持ちいいおしぼりは、食事前と食事後に出される。それは、日常と非日常を自然に切り替える、見事な装置であり、おもてなしなのである。

 それこそが料亭なのである。日々の憂さを忘れて飲み、食べ、見事に設えられた室内で、美しき女性から接客される。そのきっかけを作るのが、この大きなおしぼりなのである。

 料亭で過ごしていただくこととは、どういうことなのか。そのことを知りぬいた「赤坂浅田」当主の誠意が、おしぼりとなり、お客さんを出迎えるのである。

マッキー牧元 おしぼり 赤坂浅田
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々飲み食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京 食のお作法』(文芸春秋)、『ポテサラ酒場』(監修、辰巳出版)。写真右が著者、左は浅田さん。

赤坂浅田
東京都港区赤坂3-6-4
03-3585-6606
● 11:30~14:30(14:00LO)17:30~22:30(22:00LO、日は除く)
● 年末年始、お盆休
● コース  昼 五段弁当6000円、会席7000円~、夜 会席16000円~
● 11室
www.asadayaihei.co.jp/akasaka/


本記事は雑誌料理王国第238号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第238号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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