正式店名が、「ピッツェリア・パーレンテッシ」だとは、お客さんの多くは知らないのではないだろうか。
6年ほど通う僕も、失礼ながら気づいていなかった。確かにピッツァは、メニューにある。しかし店主の中野孝明シェフが今日の食材の説明を嬉々として始める時、ピッツァは最優先ではない。
「自家製猪の生ハム、実家の畑から届いた無農薬野菜。山口からいい魚が入っていますので、アクアパッツァでもハーブで蒸し煮にしても。国産無農薬サンマルツァーノで、トマトのパスタはいかがですか。静岡のラストハンターが獲った、鹿や猪もありますよ」
聞いたお客さんは、よだれを流しながら、今夜の献立を悩む。7~8割の方は、そこにピッツァを入れるというが、頼まないお客さんもいる。
そしてもう一点、ピッツァに関して、お客さんが知らないであろうことがある。この店のピッツァの材料は、おそらく世界で唯一なのである。
そのことを中野さんは言わない。メニューにも謳ってない。しかし極めて珍しく、真っ当な考えが貫かれたピッツァなのである。
小麦は、茨城阿部農場で中野さんのために作ってもらった自然栽培の小麦で、それを50%精白し、石うすで熱を持たないように挽いてもらい、酸化しないようにすぐに使い切る。さらにイースト菌を使わず、蜂蜜酵母を使う。トマトはイタリアのオーガニックトマト。オリーブ油は、エミリアロマーニャ州の農家と契約、オリジナルの瓶で輸入している。
店の開店は1999年、翌年初めてイタリアに行き、食材と素朴に寄り添う姿にショックを受け、農家だった実家を見直すことから始める。母に無農薬の野菜を作ってもらい、様々な安心で安全な食材探しに深く入り、ワインやバルサミコも自分で作るようになった。「小麦粉はイタリアの輸入品でした。でもある日小学生の娘と『未来の食卓』を見に行ったんです。見終わった娘が、お父さんこのままじゃやばいよっていう。その時小麦粉も変えなきゃって。使っていた小麦粉の出自を業者を通じて聞いてもらったのですが、生産国の歩合はわかっても、収穫時期や産地、農薬の種類も闇の中。これはいけないと探し始め、阿部農園と出会ったのです」
精白度合が少ない生地は、薄茶色である。顔を近づけると溶けたモッツァレラの香り以上に、生地が香る。素朴で温かく、しかもしぶとい太陽の香りである。
噛めば、ぐぐっと生地にめり込んだ歯を、生地が押し返す。粉の力が漲っていて、いつまでも噛んでいたくなる生地である。
実は中野さん、店を出すとき母親に猛反対されたという。その時、「日本で一番のイタリア料理屋は無理だけど、一番のピザ屋になる」と、啖呵を切って許しを得たという。
世界でただ一つの生地をこねながら、中野さんはぽつりと言った。「これでやっとピザ屋になれました」。
ピッツェリア・パーレンテッシ
PIZZERIA Parentesi
東京都目黒区東山3-6-8 エクセル東山 2F
03-5722-6968
● 11:30~15:00(14:00LO) 18:00~22:00LO
● 不定休
● 23席
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京食のお作法』(文芸春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。写真左が著者、右は中野さん。
本記事は雑誌料理王国第248号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第248号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。