「定番食材のトマト」と「シェフらしさやイタリアらしさを表現」という2つのテーマを設定し、6人のシェフに挑んでもらった。そこから浮かび上がってくるのは、彼らのイタリア料理に対する明確な哲学だ。
リストランテ カシーナ カナミッラ
岡野健介
1981年、ベネズエラ生まれ。名店「ペペロッソ」遠藤シェフの下で6年半を過ごし、2007年に渡伊。トリノの星付きリストランテ「ラ・バリック」で修業を積み、セコンドシェフにまで昇り詰める。2016年に帰国し、「リストランテ カシーナ カナミッラ」のシェフを経てオーナーシェフに就任。写真で手に持っているのは、イタリアで入手したトリュフケースとスライサー。「帰国したら必ず白トリュフを削れるようなレストランで仕事する」と心に決めて購入したもの。
おいしい料理とは、考える間もなく「おいしい!」と口をついて出てしまうもの だと思います。そういうお皿を作るためには、時代に合わせて表現方法を変え、様々な角度から料理を捉えなければいけません。例えばスペシャリテのアニョロッティにしても、日本に帰ってきて食材や調理方法を一から見直すことで出来上がったメニューです。私がトリノ修業中に学んだアニョロッティは、肉と野菜数種を詰めたラビオリを茹でてバターソースに絡め、パルミジャーノを削るものでした。しかし、イタリアで使っていたバターが日本の水と相性が悪かったせいか、どうしても味がズレてしまう。試行錯誤の末、生クリームからバターを手作りしてみたら、イタリアで作っていたアニョロッティ以上の料理が出来上がりました。これは食材だけでなく、日本の水に対する茹で時間からすべてを見直した結果です。
今、私が向き合っていることは「イタリアにしかないおいしさ」と「イタリアにもどこにもないおいしさ」の両軸です。グルメサイトのアルゴリズムに左右されることのない、自分らしいバランスのとれた料理を追い求め、人の心に突き刺さる料理とは何かを掘り下げていきたいと思っています。
トマトの赤、パスタの白。シンプルな一皿に、シェフの覚悟が垣間見える。「凝った料理を出しても、東京では、他国の料理と比べられてしまう。だから、他のどの料理のシェフにも作れない、シンプルで直球のおいしいものを出そうと」とは岡野シェフの言葉だ。スパゲッティはフェリチェッティ社のオーガニックで、火にかけると上質な粉がソースと絡み味わいが増す。ホールトマトは果肉と種の部分を分けて、種の部分は漉し、水分だけを40分ほど煮詰めてゆく。果肉の部分は角切りにして、みじん切りの玉ねぎとともに炒めてから最後に合わせる。こうすることで、果肉の食感を残したソースが出来上がる。提供の際、ニンニクのコンフィをフライパンで温めて香りを出してからこのソースを加える。トマトの程よい酸味と甘味、少しフレッシュ感を残した玉ねぎの香りとニンニクのうま味の余韻、そして自家製のチリオイルの辛味が、シンプルながら、味覚の満足中枢を刺激する。
「日本でしか食べられないイタリア料理を」と、手打ちパスタに、薔薇の花とマグロ節を練りこんだ。「ラ・バリック」のあったピエモンテ州の郷土料理は「ヴィテッロ・トンナート」。茹でて薄切りにした仔牛肉のツナソースがけで、当時モダンイタリア料理の店で、日本の鰹節でとった出汁に仔牛肉のスライスを浮かべたものを食べたことがある。しかし、「鰹節は和のインパクトが強すぎる。そもそも、ツナってマグロですし」と、より丸みがあり、穏やかな味わいのマグロ節をパスタに使ったのがきっかけだ。「和の味は、食べた時に気づくか気づかないか、位がちょうどいい」。パスタに使う粉はイタリアの石臼挽き有機栽培小麦粉。ロメインレタスとジャガイモのピュレで、モンサンミッシェルのムール貝と鯛のほぐし身を包むのは、先輩シェフらと定期的に行なっている勉強会からのアイデア。えぐみを穏やかにするためにハマグリを加えた、ムール貝のブロードを注いで仕上げる。
リストランテ カシーナ カナミッラ
東京都目黒区青葉台1-23-3
青葉台東和ビル2F
TEL 03-3715-4040
昼11:30-13:00 LO 、土日祝日は12:00 ~
夜18:30-20:30 LO
火曜休、他不定休あり
http://www.canamilla.jp/
text 馬渕信彦、仲山今日子 photo 堀清英、花村謙太朗
本記事は雑誌料理王国2019年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年11月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。