2025年10月5日、大阪・関西万博では35歳以下の料理人コンペティション「RED U-35 2025」のファイナルステージが行われた。ファイナリストであるゴールドエッグは総勢511名の応募者から選ばれた5名。そんな彼らに最終審査で課せられたのは、「食べるって何?」という根源的なテーマに対する7分間のプレゼンテーションだった。技術だけでなく思想と表現力が問われたこの熱戦の末、新たなグランプリ「RED EGG」が誕生した。その一部始終をレポートする。

「料理界のオリンピックをここからスタートさせたかった」。総合プロデューサーの小山薫堂氏は、開会の辞でそう語った。近代オリンピックが1900年のパリ万博を機に世界的なイベントへと飛躍した歴史に、この日のコンペティションを重ね合わせたのだ。
RED U-35 2025のメインテーマは、「日本から世界へ EARTH FOODS 25」。日本の食の知恵が詰まった食材リスト「EARTH FOODS 25」をどう世界に発信するか。そしてファイナルステージに挑むゴールドエッグ5名に課せられたのは、「食べるって何?」という、根源的な問いへの答えだった。それは、調理技術の優劣を競う従来のコンテストとは一線を画し、料理人の思想とビジョンそのものを問う試みである。審査員長の狐野扶実子氏が述べた「身の回りにある社会課題に真摯に向き合いながらも、幸せを届ける料理人」という人物像もまた、その哲学の先にこそ見出される。
次世代の料理人はこれから何を語り、何を表現すべきなのか?大阪・関西万博という舞台で、日本の食の次代を担う者たちの、静かで熱い闘いが始まった。

各ゴールドエッグは、7分間という限られた時間で自らのビジョンを伝えるプレゼンテーションを披露。その手法は多様であり、示唆に富むものばかりだった。観客を巻き込む授業形式、郷土芸能の実演、生産者の歩みを追うドキュメンタリータッチの語り、そしてAIとの対話劇。それらは単なる発表ではなく、各々の料理哲学を体現した表現の舞台であった。新時代の料理人に求められる発信力とは何か。その多角的な可能性が、このステージで示された。

トップバッターの佐藤 歩氏は、「今日の授業は『食べるって何?』です」と宣言し、観客を巻き込む授業形式のプレゼンテーションを始めた。佐藤氏は「あなたの好きな食べ物は?」と会場に問いかけ、ステージを降りて客席の子供にマイクを向けた。「和菓子が好き」と答えた子供に、さらに「どんな気持ちになりますか?」と尋ねると、「嬉しい気持ち」という素直な言葉が返ってくる。
このやり取りを通して、佐藤氏は「食べることは幸せにつながる」という普遍的なテーマを、会場全体で共有する空間を作り出した。料理人が持つべき人の心に寄り添う「共感力」と、その想いをストレートに届ける「伝達力」の重要性を、自身のパフォーマンスで示した。

須藤良隆氏は、まず自身の食の哲学をピラミッド構造で論理的に解説した。その冷静な語り口から一転、プレゼンテーションのクライマックスでは、故郷・佐渡島に伝わる伝統芸能「鬼太鼓」を自ら実演。太鼓の激しい音が会場に響き渡った。
このパフォーマンスは、食が単なる味覚の追求にとどまらず、その土地の歴史や文化、人々の祈りと深く結びついた営みであることを表現するものだった。言葉による説明を超え、郷土への強い想いを体現した須藤氏の姿は、ローカルな表現が持つ普遍的な力を強く印象付けた。

唯一の女性ファイナリスト、丸山千里氏は、フードクリエイターとしての自身の活動を静かな語り口で報告した。プレゼンテーションの根底にあったのは、かまぼこ麺や抹茶ラーメンなど丸山氏が手掛けた商品ではなく、その開発を共にした生産者たちの姿と、彼らが直面する課題だった。
「買い手、そして食べる人がいないと作り続けることができない」。生産現場に寄り添ってきた経験から紡がれる丸山氏の言葉には、強い実感がこもる。派手な演出を用いず、食材の価値を新たな視点から引き出し、生産者と消費者をつなぐことで食の未来に貢献するという、自身の社会的役割を真摯に語る姿が印象的だった。

向田侑司氏のプレゼンテーションでは、「皆さんはこの3つのトマト、同じだと思いますか?」という問いが会場に投げかけられた。慣行栽培と無農薬栽培で育てられたトマトを比較し、その背景にある栽培方法の違いを解説することで、「選ぶ」という行為の奥深さを示した。さらに審査員席の小林寛司シェフにトマトの試食を促し、その場でコメントを求めるというライブ感のある演出も展開。食の楽しさや面白さを、単なる感覚だけでなく、知識や探求心といった知的な側面からアプローチする向田氏の手法は、料理人が教育者やナビゲーターとしての役割を担う可能性を感じさせた。

「『食べる』って何だと思う?」。最後のプレゼンター李 廷峻(イ ジョンジュン)氏は、AIとの対話というユニークな形式でプレゼンテーションを始めた。この斬新な設定の中で、「食べるとは過去と未来を今に結ぶ行為だ」という哲学的なテーマが、軽妙な一人芝居を通してエンターテイメントとして構築されていく。
時にAIにツッコミを入れ、時にその答えに深く頷く李氏の姿は、テクノロジーを思考のパートナーとして使いこなす、新しい料理人の可能性を示唆していた。コンセプチュアルな内容をユーモラスに表現した7分間は、会場を大いに沸かせた。
各料理人の思想を披露したプレゼンテーションの後には、審査員との質疑応答が行われた。ここではゴールドエッグたちの思考の瞬発力と、食に対する哲学の深度が問われた。

辻󠄀芳樹氏は食料危機が深刻化する未来を前提に、「限られた資源で最高を引き出すべきか、代替素材で未来を発明するべきか?」と質問。これに対し李氏は「新しい食材で代用し、昔の文化を現代風に解釈して作ることが未来の料理人の使命だ」と答え、変化への適応力と創造性の重要性を示した。
続いて、君島佐和子氏による「AIが調理する未来でも、人間の料理人は必要か?」との問いには、佐藤氏が回答。「AIが作るのは数字だけの料理。その日の気温やお客様の体調で変わる味覚をAIが逐一確認することは不可能だ」と述べ、人間ならではの感性の価値を主張した。
このほかにも、「料理人にとって一番大切なものは何だと思いますか?」(脇屋友詞シェフ)など、料理人の社会的役割を問う鋭い質問が続いた。時に言葉に詰まりながらも、自身の言葉で未来へのビジョンを語ろうとするファイナリストたちの姿は、RED U-35が単なる技術審査ではないことを明確に示していた。

「取っ組み合いになりそうなぐらい白熱した」。審査を終えた小山薫堂氏がユーモアを交えて語った言葉は、しかし、選考が極めて難航したことを確かに物語っていた。会場の緊張が最高潮に達する中、審査員長・狐野扶実子氏がゆっくりと口を開いた。
「RED U-35 2025グランプリ、RED EGGは…須藤良隆さんです」。
その瞬間、会場は盛大な拍手に包まれ、須藤氏は驚きの表情でステージ中央に進んだ。須藤氏は受賞スピーチで「これに驕らず、食の力で佐渡島、日本の未来を担っていけるような人になりたい」と、改めて故郷への想いを口にした。

須藤氏の勝利はグローバル化が加速する現代において、自らのルーツを深く掘り下げ、その文化や歴史を背負って表現することこそが、世界に通じる強い武器になるという、時代への一つの回答だったのかもしれない。
また、準グランプリにはフードクリエイターの丸山氏が選出され、本大会が画一的なシェフ像にとらわれず、多様なキャリアパスを評価する場であることも印象付けた。

須藤氏の優勝は、同時にゴールドエッグ全員の健闘を称えるものでもあった。彼らは、これからの料理人が未来を語る表現者であることを、それぞれの形で証明したからだ。

「美味しさを競い合う贅沢を行えていることに、感謝すべき」。小山氏の閉会の言葉が、このコンペティションの本質を物語る。若きクリエイターたちの熱戦は、食の未来を担う者たちの多様な可能性と、その仕事の尊さを示して幕を閉じた。

【グランプリ】
須藤良隆(すとう よしたか)
所属:ラ・プラージュ(La Plage)
公式サイト:https://www.urasima.com/
SNS:https://www.instagram.com/ryokan_urashima/

【準グランプリ】
丸山千里(まるやま ちさと)
所属:フリーランス
公式サイト:https://www.foriio.com/chisato-food
SNS:https://www.instagram.com/maru.ch_/

佐藤 歩(さとう あゆむ)
所属:菊乃井 鮨青 肉雲収
公式サイト:https://kikunoi-unshuu.myconciergejapan.net/
SNS:https://www.instagram.com/sato.ayumu0713/

向田侑司(むかいだ ゆうじ)
所属:ウェスティンホテル東京 龍天門
公式サイト:https://www.ryutenmontokyo.com/jp/

李 廷峻(イ ジョンジュン)
所属:HASUO
公式アカウント:https://www.instagram.com/newkoreanhasuo/
SNS:https://www.instagram.com/jeongjun__lee/
RED U-35 2025
https://www.redu35.jp/
Text & Photo:相馬はじめ
