パスタはいつも同じ塩分濃度でゆで上げていて良いのか?


ロングパスタ 見直したい「技法」と「考え方」

眞中秀幸さんリストランテダ・フィオーレ

 生地作りから形状、塩分濃度、ゆで加減まで、それはパスタを調整する際の基本の基本だ。「こうだ」という原則はある。しかしプロの料理人でさえ、それをきちんと理解して実践しているかどうか。本場で修業してきたという事実に安心し、意外と基本の基本を見誤ってはいないだろうか。「例えば塩分濃度に関して言えば、すべてのパスタの塩分濃度を変えてゆでる、などということは、営業的には現実的ではありません。ただ、それぞれの店のメニューの味わいを考え、一定にするのであればどの程度にすべきなのか、ベストな状態に近づけるにはどう設定すればいいのか。それは、改めて考える必要があるのではないかと、僕は思っています」。こう前置きをして、眞中秀幸さんは話し始めた。

塩分濃度1%はありえない

「パスタをゆでるときの塩分濃度は1%」と、当然のように書かれている。眞中さんはこれに疑問を呈する。「言われるように、1%の塩分濃度でゆであげた場合、ソース、具材の持つ塩分とで、料理の仕上がりがかなり強い塩味になってしまうものもあります。ちなみに私は、十分な塩分を持つ貝類などを使う場合、パスタをゆでるときに塩は入れません。肉や魚料理に下味がどの程度必要かは、ソースや合わせる具材とのバランスによって異なります」
 ゆでるときにしっかり塩を入れると、パスタがしまるというのも嘘、と眞中さんはばっさり切り捨てる。

ソースや素材の味わいを考え、それに合わせて塩分濃度を決める。今の自分の考え方は正しいのか、疑問を持ってみることも大切だ。

「アルデンテ神話」は幻想である


 本場イタリアのパスタはアルデンテ。少し芯が残るくらいが本場の味ーー。いつの頃からか、この考え方がパスタの常識になっている。

「でも、すべてがアルデンテでいいわけではありません。舌触りの滑らかさを表現する手打ちパスタは、当然乾いた芯そのものがなく、アルデンテは存在しない。カペッリーニなどで冷製のパスタを作る際には、しっかりゆできることが必要です」

 確かに、ある若いシェフは、イタリア修業時代に、まかないでちょっと固めのパスタを出すと、「今日はアルデンテだね」とからかわれた、と語っている。

 形状によって適正なゆで加減がある。それを見極めることも、料理人の重要な仕事、と眞中さんは言う。

パスタの立ち位置を考慮したメニューを考える


 さらに、メニューを組むときには生地や形状について良く考えるべき、と眞中さんは提案する。

「コース料理の途中に出すパスタの場合、生地に卵を使うか、使わないかは特に意識します。皿数が多く、素材のバリエーションも多い私の店の場合、卵生地は避けることが多く、よりシンプルな素材感を表現するとともに、パスタが負担にならないように心がけます」

 また、ブランドによって使っている粉は異なるが、ラインナップのすべてのパスタと相性のいい粉など存在しない、と眞中さんは言う。

「このブランドの粉はスパゲッティには向いているけれど、カペッリーニには向いていないとか、それぞれに向き不向きがあります。比べてみて、自分の料理に合うものを見つけて欲しいですね」

 次に、5つの料理を例にとって、塩分濃度やゆで具合の具体的な考え方と技法を紹介していこう。

パスタをゆでるときの塩分濃度をシンプルなスパゲッティで対比させてみる

太さがほぼ同じスパゲッティでも、ダルクオーレのほうは噛みごたえがありしっかりしている。一方のイル・チェッロのほうはナチュラルな味わいで舌触りもやさしい。今回、ダルクオーレのスパゲッティはアンチョビで奥行きを持たせたトマトソースを合わせ、しっかり噛むことで生地の味わいを感じるメニューとした。イル・チェッロのほうは、やわらかく仕上げた野菜との相性が抜群にいい。こちらは野菜の甘みを大切に仕上げたいので野菜の塩分は控え目で、パスタをゆでるときの塩分濃度は1%。

カペッリーニ、長ナスのピュレとキャヴィア

使用パスタ ディ・チェコ カッペリーニ
塩分濃度 0%
塩味のバランス キャヴィアの塩分でまとめるためパスタの下味はあえてつけない

ディ・チェコの生地はとても歯切れが良く、デリケートな味わいで、とくに冷製の前菜に向いていると感じる。これを使って、リズミカルな冷製の前菜に仕上げる。歯触りのある素材を避け、ピュレとキャヴィアの滑らかさで、生地の特徴を際立たせた。料理はキャヴィアの塩分で成立させるため、パスタの下味はあえてつけず塩分濃度0%。

スパゲッティアンチョビとフレッシュトマト

使用パスタ ダルクオーレ スパゲッティ(1.7mm)
塩分濃度 0.5%
塩味のバランス アンチョビを利かせることでソースの塩分濃度は充分。そのためパスタの下味は弱めに。

スパゲッティ 初夏野菜のラグー

使用パスタ イル・チェッロ スパゲッティ(1.6mm)
塩分濃度 1%
塩味のバランス 野菜のラグーは塩を弱めにし、優しい甘みを大切に仕上げたいのでパスタの下味はしっかり。

リングイーネ、小ハマグリとアスパラガスをアニスの香りで

使用パスタ ダルクオーレ  リングイーネ
塩分濃度 0〜0.5%
塩味のバランス 貝のもつ塩分と、出汁を染み込ませたリングイーネの咀嚼をイメージすること

ダルクオーレのリングイーネは、非常にしっかりした生地。じっくりと出汁の風味をまとわせることで最高の仕上がりになると確信している。ダルクオーレの生地の特徴、良さがいちばん伝わるのがリングイーネだ。生地と形状のバランスが良い例。と眞中さん。ゆで加減はかなり硬め。ニンニクとオリーブオイルを鍋に入れて火入れし、小ハマグリと上質な白ワインで蒸して出た出汁にかなり硬い状態のリングイーネを加え、ゆで汁を注ぎながら出汁の風味をしっかりまとわせていくイメージでアルデンテに向かう。噛み締めるごとに感動の味わいだ。

パッパルデッレ、焼いたファーヴェのペーストとペコリーノチーズ

使用パスタ 自家製パスタ パッパルデッレ
塩分濃度 1%
塩味のバランス パスタの味わいを塩で引き出し軽めのソースでバランスをとる。

幅広の生パスタは舌触りのなめらかさが身上で、アルデンテは存在しない。ファーヴェ(イタリア種のソラマメ)の優しい甘みを伝えるには塩は最少量にしたい。その分、パスタの味わいは塩でしっかり引き出しておく。

Hideyuki Manaka
1967年、茨城県出身。子どもの頃から料理人を志し、18歳で上京。数店舗のシェフを経験して、2003年に「リストランテ ダ・フィオーレ」をオープンする。現在、表参道に2店舗のイタリアンレストランを持つ。野菜の扱いを得意とし、数々の農業関連プロジェクトにも参加している。

リストランテ ダ・フィオーレ
Ristorante Da Fiore
東京都渋谷区神宮前5-39-3表参道OSAKI Square BLD
03-5766-9703
● 12:00~15:00、18:00~24:00
● 不定休
http://da-fiore.jp


山内章子=取材、文 星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国第240号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第240号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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