ロバートキャンベルさんに聞いた外国からの友人を誘いたくなるレストラン5店


本記事は雑誌料理王国第265号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第265号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

「日本文学研究者、東京大学大学院教授」という肩書をもちながらも、ロバートキャンベルさんは、境界を縦横無尽に飛び越え、さまざまな分野で活躍する。日本文化に深く精通しながら、斬新で幅広い視点から現代を分析するキャンベルさんの言葉に、日本を再発見させられることも多い。
 来日年を迎え、食通でも知られるキャンベルさんに、外国から来る友人を連れて行くなら、どんな理由で、どんな店を選ぶのか、本音に迫った。

最後まで 思考を手放さない。そんなレストランへ連れて行きたい。

――訪日外国人が日本に求めることが変化し始めているように感じます。

 日本は、交通網が細かく張り巡らされ、安全だから、GPSやインターネットのデバイスを持てば、すごく深いところへも行ける。そんな時代の状況を反映しているんでしょうね。

――友人の来日も多いでしょう?

 僕の周りには、仕事にせよ結婚にせよ、留学やホームステイにせよ、日本と接点がある人たちがとても多いです。日本をよく知っている人たちなんですが、状況は刻々と変わって、以前は行けなかった場所にも、ピンポイントで行けるし、行くようになっています。アメリカに住んでいる僕の妹は、スタンドアップパドルという水上スポーツをやっているんですが、来日するときも、インターネットでどんどん予約しちゃう。湘南の先や、房総半島の小さい店でレンタル予約をする。僕が聞いたことも、行ったこともないような土地の店と、到着する前からコミュニケーションをとって、何をするかも決めているんです。

──湘南や房総までひとりで行く?

 日本でスタンドアップパドルをするには何を持って行けばいいか、バスに揺られてどう行くか、全部調査ずみ。彼女は日本語がひと言もできないんですよ(笑)。
 そして夕方、彼女は、海から帰ってくる。じゃあ、夜は銀座で食事をしようとしたときに、そういう人をどこに連れて行けばいいか。

──これはハードルが高いですね。

 日本という外国で1日、海で遊んできた彼女は、お蕎麦を食べたいのか、お肉を食べたいのか。疲れた体を癒すのにどうしたらいいか。食事に行くエリアも含めて考えます。

──自由にひとり歩きができる外国人が増えて、そういう人を「食」で満足させるにはどうすればいい?

 僕は、その人を“迎えうちたい”んです。連れて行く以上は「おおっ」と思わせたい。そのためには、その人のその時の体調、旅のどの段階にいるか、今まで何を食べてきたのか、も考えて店を選びますね。

──さすがキャンベルさん、と思わせたいですよね。さりげなく。

 その人と向かい合って食事をするわけだから、キャンベルがなぜそこにいなければならないのか、それが、これから食べるものと、どうつながっているのか。あるいは、なぜちょっとずれているのか、までを感じ取ってもらいたい。それが「迎えうつおもてなし」だと思います。押し付けてはいけないし、ひと昔前の「これが日本的なものですよ。あなたは、わかりますか?」なんてことは、今は通用しなくなりました。

Robert Campbell
ニューヨーク市生まれ。85年に九州大学文学部研究生として来日。同学部専任講師、国立・国文学研究資料館助教授を経て、2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授に就任。2007から東京大学大学院教授に。近世・近代日本文学が専門だが、文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せる。

僕は、その人を〝迎えうちたい〟と思うわけです。 連れて行く以上は「おおっ」と思わせたい。


――どんな条件で店を選びますか?

 まずは「外国のガイドブックに掲載されていない、緊密な空間が味わえる店」。たとえば、もんじゃの町・月島の路地裏にある「矢もり」は、看板も暖簾も外からは見えない蕎麦屋。本当に入り口がわかりにくい。靴を脱いでカウンター席に着く、席の店で、緊密な空気感があります。

――「入口がわかりにくい」のが、むしろ良いわけですね(笑)。

 「こだわりの和牛」「日本のおもてなし」なら、洋食の「島」です。お店は決して広くないのに、ぜんぜんそれを感じない。かえって活気がある。女将さんの日本ならではの接客も心地よく、食べている人たちがいい距離で、いい気流があるんです。「欧米の料理シーンに通じる洗練されたモダン和食の店」としては、神保町の「傳」。店主の長谷川在佑さんは、ユーモアも余裕もあり、仕掛けてくる。けれども、安っぽいフュージョン料理ではない。研ぎ澄まし具合が、世界の先端のレベルと、すごく共振しているんです。

「島」のステーキ
「島」のステーキ 圧倒的な存在感をもつ「島」のステーキは、京都産黒毛和牛を使用。写真はテンダロインの150g。特製の炉窯で備長炭を使ってじっくりと焼き上げている。ナイフを入れたとたん、肉汁があふれ出す。キャンベルさんがお気に入りのひと皿だ。

――なるほど、私も行きたい。

駒場の「BUNDAN COFFEE & BEER」もお勧め。「日本近代文学館」の中にあります。この文学館は、作家の原稿など、オリジナルなリアルなものを所蔵していて、展示室でも見られますが、お店にも文学書がずらりと並んでいます。

――メニューが日本文学や海外文学にちなんでいるんですよね。

 これが、本当にまいっちゃうくらいすごくて、しかもおいしい。村上春樹の『ハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる朝食セットや、宇野千代が東郷青児のために作っていた「そぼろカレー」とか。ここも外国人向けのガイドには載っていませんが、日本のモダン建築と緑に囲まれた空間がすばらしい。日本語を読めないと魅力が伝わらないハードルの高さがありますが、あえて紹介したい。「日本文化の神髄に触れるストーリーを持つ料理の店」です。

──もう1軒、推薦すると?

 最後は、「日本の糀の力が満喫できる酒と肴の旨い和食店。「善知鳥」です。発酵学の小泉武夫先生に教えていただきました。青森県出身の店主の今悟さんは、酵素とか糀にものすごく詳しい。

──糀なんですね。

 発酵食にこだわって、全部自分で料理を作っている。今さんが選りすぐった、全国の日本酒が味わえます。日本列島の糀や発酵食の文化をストレートに感じ取ってもらえればいいなと思います。

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