ローカルガストロノミーの本質「里山十帖」x「とおの屋 要」


「ローカルガストロノミー」コラボにのぞむ二人

この日行われたのは、そんな自然の只中に抱かれた里山十帖のメインダイニングである「早苗饗 −SANABURI−」で、シェフ桑木野恵子氏と、同じ雪国である岩手県遠野市にある宿「とおの屋 要」の佐々木要太郎氏とのコラボレーション。

二人は「地方で料理人ができることは何か」という対話を何度も重ねイベントに臨んだ

「里山十帖」桑木野氏は、インドでアーユルヴェーダを学んだのち、東京でヴィーガンレストランに勤務。地域や風土を表現する食に関心を抱き、2014年に里山十帖に加わったという異色の経歴のシェフ。「とおの屋 要」佐々木氏も、旅館のオーナーであるだけでなく、自然農法の米農家かつ、その米を使ったどぶろくの製造者であり、シェフでもあるという、多様な背景を持つ。そんな二人が、雪国の風土をいかに表現するのかに、興味があった。

筆者は仕事柄、海外での取材も多いが、近年、少し食材を地元のものに入れ替えただけで、どこかで見たようなプレゼンテーションだと感じることも増えた。SNSなどで情報伝達が速まり、世界ではあらゆるものがコピーされている。しかし、「流行のプレゼンテーション」を真似るだけで、それがその国や地域の個性や美意識に根ざしていないが故に、逆にどこに行っても、本質的でない、同じような料理が増えてしまっている。それを「もったいないな」と思ってきた。

「地方料理の本質とは何か」をテーマにした食のシンポジウム

イベントの冒頭、岩佐氏は「ローカルガストロノミーのあり方が問われるようになった今だからこそ、厳しい自然の中で生き抜いてきた人たちの知恵を、今の形で表現することで、地方で料理をするということとはなんなのか、を考える機会にしたい」と語った。

今回のイベントは「地方料理の本質とは何か」をテーマにした食のシンポジウムという側面も併せ持っていた。ディナーに先立って、岩佐氏をモデレーターに、佐々木氏と桑木野氏のトークセッションも行われた。

受け継がれてきた命をつなぐ知恵

この辺りの自然は、まさにその「生き抜く」という言葉がぴったりくる。米どころとして知られる反面、一年の半分は田畑からの収穫が基本的に望めない。スキーリゾートしての発展を遂げるはるか昔、雪に閉ざされた長い冬をいかに生き延びるかは、この辺り一帯の豪雪地域の大きな課題でもあった。

里山十帖の発酵部屋。沢庵などの漬物や、敷地内でとれた胡桃の青い実のピクルスなどの保存食が貯蔵されている

冬も明けきらない初春には、山菜を採って乾物や塩漬け、発酵の技術を生かして漬物にするなど、冬に備えた保存食作りを行う。それどころか、冬の間ずっと囲炉裏の灰を取っておき、冬の終わりに雪の上に撒いて、その黒色で太陽光を吸収させ、早く溶かすための工夫をするなど、次の冬への準備は冬のうちから始まっているのだ。

里山十帖で冬の間野菜などを貯蔵する「雪室」。これも長年伝わってきた雪国の知恵だ。長期間の保存が可能なだけでなく、野菜の甘味も増す。

こうした命をつなぐための知恵は四季を問わず、この地域の毎日の暮らしに息づき、受け継がれてきた。それでも、江戸時代後期には、飢饉で冬を越すことができず、村民全員が餓死し、いくつもの村が消えたこともあるほどの、過酷な環境だ。

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