ローカルガストロノミーの本質「里山十帖」x「とおの屋 要」


「水」を大切にする料理

また、料理のコース自体が、「水」を非常に意識した内容だったのが興味深かった。「今回、本当にすごく話し合いました。そして、自分たちに共通するのが『水』を大切にした料理だ、ということなんです」と二人は口を揃える。「出汁」に代表されるように、日本料理は「水」の料理であり、日本の水があってこそ、日本料理は今の形になった。そんな意味でも、日本らしさの本質を生かした内容だと言える。

最初の品「胡桃」は、懐石の作法にならい、一文字に盛り付けた炊き立てのご飯と、通常共に出される味噌汁などの「汁」の代わりに、里山十帖の敷地に生えているクルミの木からとった樹液を煮詰めた、ほの甘い液体が添えられている。

「胡桃」

桑木野氏によると、一年のうち、樹液がとれるのはごくわずかの、雪解けの時期だけ。「今はちょうど雪解けが始まった頃、と皆さん思っていらっしゃるでしょう?でも実は、土の中では雪解けがもっと早く始まっているんです。一週間ほど前がピークだったでしょうか️。幹に耳をつけると、樹液が流れる音も聞こえるのですよ」まさに、冬から目覚めた植物の躍動感を、そのまま身体に取り込む、春の訪れを感じる内容だ。

そして、極め付けは、懐石の湯桶(ゆとう)を思わせる、甘味の前の締め括り、佐々木氏が遠野の水で自然栽培した玄米の焼きおにぎりに里山十帖の湧き水を温め、ほんの少しの塩で味付けした湯をかけた「玄米」だ。

「玄米」おにぎりの表面には、塩で溶いた梅酢が塗られ、全体の味わいを引き締めている

米農家でもある佐々木氏は「この辺りの水は、遠野の水よりも甘い。だからこそ、この甘味を生かそうと思いました」と語る。究極の引き算の味付けは、日本料理の根本にある、水に戻ってゆく。

郷土の味を”プロのシェフ”が作るということ

とは言え、この日の料理を「懐石(会席)」という、貴族や武家文化をも反映した伝統料理の文脈で語るのは少し違うだろう。もっと一般の人々の暮らしに即した「南魚沼の風土」を、独自のフィルターで表現した料理と言えるのではないか。しかし、地元の伝統や生活文化に本質的に根付いた料理、というならば、家庭で作られてきた郷土料理がその最も純粋な形だろう。であるならば、プロのシェフが作る、という意味を、二人はどのように捉えているのか。

「料理を職業とする以上、洗練された調理技術はもちろん、一番は味のトーンを整え、繊細で美しいバランスを生み出すこと、そして既存の概念に囚われない再構築をすること」という答えが返ってきた。

「沢庵」佐々木氏が漬けた沢庵をピュレにし、いりこ昆布出汁と重湯で割ったものをベースに、桑木野氏が漬けた沢庵を賽の目に切り、醤油、片栗粉をまぶして揚げてクルトン状にした。

料理の締めくくりの「稲 草 土」をテーマにした菓子。この土地から見える四季の景色の移り変わりそのもの、土という原点に戻ってゆくことがイメージされている。

サステナビリティやフードマイレージという意味からも、地元食材を使う意味は大きい。ただ、それだけにとどまらず、ローカルガストロノミーのその先には、風土に基づいた伝統を理解した「理にかなう料理」が必須になってくるように思う。そんな「理」を追求したローカルガストロノミーが、各地で発展してゆくことに期待したい。

里山十帖/SATOYAMA JUJO
新潟県南魚沼市大沢1209−6
https://www.satoyama-jujo.com/

とおの屋 要/Tonoya Yo
岩手県遠野市材木町2−14
http://tonoya-yo.com/


2022年3月28日
文=仲山今日子 写真(人物)=工藤憲二 写真(料理)=岩佐十良

ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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