ローカルガストロノミーの本質「里山十帖」x「とおの屋 要」


「この土地の今」を活かす料理とその食材、調理法

そんな「生きるための料理」が持つ強さを、何にも替えがたい「個性」にする。それが、今回のもう一つのテーマであるようにも思えた。それは、岩佐氏のこんな言葉からもうかがえた。「典型的な春を思わせる食材、山菜や菜の花は、新潟でも、温暖な海沿いの場所に行けば手に入ります。でも、それではこの南魚沼の風土を表現することにはならない。だから、コラボレーションらしからぬ、華やかさのない、茶色い料理が多いかもしれません」。なぜなら、雪深いこの辺りでは、まだ山菜がほとんど芽吹いていない。見た目の豪華さよりも、保存食を中心とした、本来の「この土地の今」をそのまま映すことを選んだのだ。

里山十帖の玄関先の積雪の下の部分が、地熱で温められた湧き水で溶け、そこに芽吹き始めたセリ

また、実際に早苗餐では、季節になると桑木野氏が毎日のように自ら山に分け入り、山菜やきのこを採集している。「通勤は車で15分くらいなんですけれど、採集しながら来るので、長いと2時間位かかる時もあります」この土地に来て8年。公共温泉で地元のお年寄りから教えてもらうなどして、今では、どの場所にどんな食材がとれるかは、すっかり頭に入っているという。

山菜を摘む桑木野氏

コラボレーションの料理とペアリング

だからこそ、食材は徹底的に「近くにあるものしか使わない」。筆者は3日間に渡るコラボレーションの2日目に訪れたが、1日目に「豆豆豆」という名だった、イクラと地豆を煮て食べるこの地域の郷土料理「とと豆」をベースにした料理の名はこの日「豆豆春」と変わっていた。

「豆豆春」 保存食である乾物の地豆3種類を異なった仕立てで煮て、イクラを加え、佐々木氏が持参した麹で発酵させた「豚肉の熟鮓」と合わせた
「豆豆春」 保存食である乾物の地豆3種類を異なった仕立てで煮て、イクラを加え、佐々木氏が持参した麹で発酵させた「豚肉の熟鮓」と合わせた

「春」の理由は、「けさ、今年初めてスイバとセリを見つけたので春の要素として加えたんです」と桑木野氏。もちろん、鮮度も香りも抜群だ。スイバとセリの葉はそのまま飾り、豊かな香りを持つセリの根は素揚げにしてある。このようにして、日々変わる季節感が、そのまま盛り込まれ、日々変わる山の状況をまさに「アラミニッツに」映しているわけだ。

料理は理を(はか)ると書く。そこには、今の時季を映した、ここで食べる「理」が明らかにあるように感じられた。

そして、新潟産の日本酒やワインに加えて、佐々木氏が醸した自家製のどぶろく、さらには「精米の過程で廃棄されてしまう糠まで、きちんと使い切りたい」という思いで、米に糠を加えて醸した珍しい日本酒「権化 PEAT」が、ペアリングとして提供された。

古酒を思わせる味わいに加え、糠の油分のとろりとしたテクスチャと稲藁のウォッシュチーズのような発酵のニュアンスを感じる「権化」はコースの締めくくりの3点の菓子と共に提供された。

「発酵は雪国の保存文化でもあります。自然の発酵は、人間の勝手なタイミングではなく、気候条件が揃わないと成功しない。自然を受け入れ、雪の下で、辛抱強く生きる、雪国の人々のそんな精神性も反映しているのではないでしょうか」と佐々木氏はいう。

どぶろくを作る佐々木氏 提供:とおの屋 要

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