予約の取れない3つの人気店が持つ哲学


変わらないのは退化と同じコアな部分は変えずに少しずつ進化していく すし処めくみ 山口尚享さん

すし処めくみ 山口尚享さん
Takayoshi Yamaguchi
1972年石川県生まれ。山中塗り職人の父を持つ。都内いくつかの寿司店での修業を経て開業、ミシュランガイド富山・石川では寿司店唯一の二ツ星を獲得。第3回料理マスターズブロンズ賞受賞。

石川県金沢市の市街地から、車で20分。近くに田んぼも広がる静かな住宅街・・・・・・言い換えれば不便な場所に、「すし処めくみ」はある。北陸新幹線開業以来、金沢市内に新しい寿司店が続々と登場しているにもかかわらず、郊外のこの店は、オープンから年以上たった今もなお予約が引きもきらない。その多くは、県外から訪れるリピーターだ。

「僕の洗脳がきいているんですよ」と笑う店主の山口尚享さんは、自他ともに認める“変態”。魚のこととなると、時間もお金も鑑みず異常なまでに突き進み、ひたすら味を追求し続ける。

そのマニアックな魚の話を聞きながら食べる寿司に憑りつかれ、誰もが「もう一度来たい」となるようだ。

コアな部分は揺るがずいいネタを仕入れること

 山口さんの朝は早い。港に魚が揚がる時間に合わせ、能登半島の七尾港まで車を走らせる。時には、さらに奥の宇出津や珠洲、また隣県の福井や富山に出向くことも。港に着くと、走り回る。魚に触れ、エラをめくり、漁師をつかまえては情報を得る。この日、この港で一番の魚を仕入れるためだ。

「同じ浜でも、磯なのか砂地なのか泥地なのか、また深いところにいたのか浅い海で獲れたのか。魚は食べているもので味が違いますから」

直接七尾港に出向いて仕入れるようになって10年。今では、「いいものは『めくみ』へ」という暗黙の了解のようなものがあるという。毎日根気強く顔を出して関係を築き、築地に運ばれそうになるいいものを、値に糸目をつけずふんばって仕入れ続けたからこそ、である。
「養殖の魚は使わないので、これぐらいしないと、ほしい材料が揃わないんです。いいネタを仕入れることが、うちのコアな部分ですから」

加えて、何時間寝かせればアミノ酸がどれくらい増えるのか、何と合わせれば旨味を引き出せるのか、香りはどう変わってくるのか。山口さんは、職人の勘に頼らず、論文にも目を通して理論を追求する。カニのゆで方は、東京大学の教授とともに最適な方法を編み出した。

和食はもとより、フランス料理など他ジャンルのシェフや、ソムリエ、杜氏たちに教わることも多いという。「ずっと変わらないのは、退化しているのと同じ。『いいネタを揃える』というコアな部分は変えていないけれど、毎年来てくださるお客様にも飽きられないよう、少しずつ進化しているんですよ。定番の安心感と目新しさを楽しんでもらえるように」

流れに流されないように流れに乗る

 今までは、おいしい寿司を提供することだけを考えてきた山口さんだが、ここ数年、トータルに店のことを考えるようになったという。
「お酒を飲まない方に、お茶とのぺアリングを提案したいとか、待っている時間にiPadで動画を見てもらうとか。お客さまによりおいしく感じてもらうために、新しいものをうまく取り入れたいと考えています」

 2002年の「すし処めくみ」の登場は、金沢に衝撃を与えた。ネタケースがないカウンターも、固いすし飯も、おまかせのみのスタイルも。「次の5年、10年を考えて、流れに流されないように流に乗ることが大事だと思っています。もちろん、寿司屋らしさや金沢らしさは変えませんけど」と言いながら、昨今の魚の減少と向き合い、山のものを出すことも考え、キノコや山菜の知識を蓄え始めたという山口さん。

“変態”は、日々、新たなスタイルに進化し続けているようだ。

すし処めくみ 山口尚享さん
アカニシ貝の握り
能登半島の七尾湾とその周辺で採れるアカニシ貝。コリコリした歯ごたえと磯の香り、美しい朱色は七尾産ならでは。山中塗り職人の父が塗り上げた漆黒のつけ台に映える。
すし処めくみ 山口尚享さん

すし処めくみ
石川県野々市市下林4-48
076-246-7781
● 18:00~、20:30~(2回交代制) 日曜のみ12:00~14:00(日のみ)いずれも要予約
● 月休(4月~10月は月、火休)
● コース 24000円(11月以降25000円)
● 8席


つぐまたかこ=取材、文 品野 塁=撮影
text by Takako Tsuguma photos by Rui Shinano


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