名レストラン御用達の美味しいベーカリーガイド「シニフィアン シニフィエ」 21年8月号


名レストランの料理には美味しいパンが欠かせない――。このベーカリーガイドでは、料理人の指名を受けてパンを焼く名の一流ベーカーをご紹介。料理人のリクエストや哲学をくみ取って、料理を支える最高のパンを作り上げる、ベーカーたちの思いとは?

医食同源を究め、健康と食のより良き未来のために挑戦し続ける。

志賀勝栄さんのバゲットはうま味が圧倒的に濃い。発酵時に小麦のタンパク質がアミノ酸に分解されてもたらされるうま味だ。炊きたての白米のように艶めいてもっちりしているのは多加水によるもの。2020年から使用する小麦粉を国産かフランス産オーガニック主体に切り替えた。

アロマフレスカ(東京・銀座)
「オ ドゥ ブレ」(左)、「バゲット」(右)

オ ドゥ ブレ(eau de blé)は加水率100%以上、もち米のようにアミロペクチンが多いキタノカオリを使ったチャバタ。バゲットは、北海道産小麦(E65とキタノカオリ)とフランス産のオーガニックの小麦を使用。

「このパンを焼いたのは誰?」。著名な料理人が名を連ねるクラブ・デ・トラントの新年会で話題になったパンがある。90年代、レストランの卸しをたくさん抱え、深夜2時に出勤していた志賀勝栄さんは、バゲットのイースト量を20分の1に減らし、翌朝まで時間をかけて発酵させることで労働時間を短縮し、パンの味をよくする一石二鳥の手法を編み出した。うま味の濃いそのバゲットは、彼らに修業時代のフランスを思い出させた、というエピソード。今ほど簡単に質の良い小麦粉が手に入らない時代から、志賀さんのバゲットは異彩を放っていた。

「味の表現はいろいろですが、レストランのお客さまが召し上がった時に違和感がないよう気をつけています。それだけです」。シェフの努力や情熱で最高のパフォーマンスを発揮する料理と並んだ時、パンも同じレベルにないと失礼になる、と志賀さんは言う。

「パンには、料理を下から持ち上げてくれる役割を望みます。志賀さんのパンは、小麦の香りやうま味がしっかり感じられて、料理を支えてくれるんです。小麦に変更があると連絡をくださるのは、一つひとつのパンに丁寧に向き合っているからだと感じます」。「アロマフレスカ」の原田慎次シェフは言う。

料理人が志賀さんのパンを選ぶ理由は何か。添加物の有無などパンの素材レベルまで感じとる人もいる。医食同源をポリシーとする志賀さんは、2020年からは使用する小麦粉を主に国産小麦とフランス産オーガニック小麦に切り替えた。さらなる挑戦として、すべてを国産のオーガニック小麦に変えていくという目標がある。需要は供給につながる。常に第一線で何かにチャレンジをしているパン職人である。

左:「ルマンジュトゥー」の国産小麦とフランス産オーガニック小麦のプティバゲット。右:「パン オ セレアル」。水分をたっぷり吸わせて口あたりをよくした9種の雑穀(大麦、もちきび、もちあわ、黒豆大豆、緑豆、小豆、黒米、黒ごま、アマランサス)と北海道産4種の小麦の食パン。香ばしく、ブールブランソースや赤ワインのソースに合う。谷昇シェフはこのパンの端を直火で炙って食べるのだとか。水分量が非常に多く、糖が少ないので焦げにくい。
2020年11月、売り場スペースのみ太子堂に移転。
旨味がぎゅっと凝縮されたような超長時間発酵のバゲットは、乳酸菌の量も多い。他にも糖質を3.0gまで抑えた低糖質のプチパンや、アマニたっぷりのパンなど、健康を考えたパンは定番。

志賀勝栄

1955年新潟県出身。哲学者を目指すも22歳でパンの世界へ。(株)アートコーヒーを経て「カフェ・アルトファゴス」、「パティスリー・ペルティエ」、「ユーハイム・ディー・マイスター」、「フォートナム・アンド・メイソン」などでシェフブーランジェを勤めた後、2006年「シニフィアン シニフィエ」(世田谷)をオープン。低温長時間発酵のパイオニア的な存在として知られる。

シニフィアン シニフィエ

東京都世田谷区太子堂1-1-11
TEL 03-6805-5346
11:00~17:00(土日祝は18:00まで)
不定休

text: Mihoko Shimizu photo: sono/bean

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