編集の産物として生まれた、パスタではない新種の料理


パスタではない新種の料理「sisi煮干啖(sisiNibotan)」

煮干しソースのパスタ「にぼたん」で人気を博すパスタスタンド『sisi煮干啖 (sisiNibotan)』。シェフにとって「にぼたん」の立ち位置は「パスタ」ではなく「世界で唯一の料理」。煮干しを使うパスタという新種の料理の独特な構造を理解するために、「にぼたん」を分解した結果見えてきたのは、まったく新しい麺の必要性だった。「アルデンテからの脱却」と「小麦の香りの排除」。そんな命題に対してシェフが繰り出した奇策とは…?

ペコリーノチーズを煮干しに。その瞬間にすべてが始まった。

 肉イタリアンの先駆けとも評されるオステリア『カルネヤ』、そして熟成肉の巧みな扱いで評判の『カルネヤサノマンズ』などを営む高山いさ己シェフが、パスタ専門店『sisi煮干啖(ししにぼたん)』を開業したのは2017年10月のことだ。太めのスパゲティに、なんと煮干しのソースを絡ませた「にぼたん」は、目新しさと完成度の高さによって驚きとともに広まり、毎日売切れるキラーパスタとなって久しい。

 「にぼたん」の原型は「カチョ・エ・ぺぺ」。スパゲティをペコリーノチーズと絡ませ、胡椒を加えたローマの名物パスタ料理だ。そのペコリーノチーズを煮干しに代えるという編集作業を施した料理が「にぼたん」。愛媛県産の煮干しをフレーク(粉末)状にして、バター、0℃で5日間ニンニクを漬け込んだオリーブオイル、柚子パウダーとともに、茹でたスパゲティと炒め和える。

sisi煮干啖  (sisiNibotan)
sisi煮干啖 (sisiNibotan)
シェフ:高山いさ己氏 / 麺:乾麺 / 目指す食感:超モチモチ感
3時間浸水させた2.1mmのスパゲティ

乾麺に吸水、その後冷凍。そんな奇策で理想の麺を。

 煮干しを使う…という奇抜なアイデアが衝撃的すぎて今まで見落とされてきたが、実は麺もすごい。「目指した食感は“アルデンテからの脱却”。煮干しの風味を楽しむことを中心に考えると、実はアルデンテが邪魔だったのです」。

 煮干しの風味を楽しむためには、もっちりした食感が必要だったのだと高山シェフは言う。そしてもうひとつ、麺の小麦の香りも煮干しの香りを邪魔する要素だった。

「イタリアのメーカーの乾麺はほぼすべて試しましたが、どの麺も小麦の香りが豊かすぎて煮干しの香りとミックスアップできなかったんです」。

アルデンテと小麦の香り。この2つが邪魔だった!?

「にぼたん」を完成させるためには麺から「アルデンテの食感」と「小麦の香り」とを排除しなければならなかった。高山シェフは、小麦の香りを排除するために、国産の乾麺の中でも小麦の香りを抑えたものを使うことにした。そしてアルデンテを排除してなお噛む楽しさを演出するために、乾麺を水で戻して冷凍するという奇策に出た。

「冬なら3時間、夏場は2時間ほど乾麺を水に浸して吸水させ、一度冷凍させます。凍らせることで麺の細胞が破壊されてグルテンが分解され、もっちりとした食感が生まれるんですね。喫茶店のナポリタンなどは、茹でてから一度冷蔵庫で冷やした麺を炒めることであのモチっとした食感になるわけですが、「にぼたん」にはもう少し噛みごたえが欲しかったんです」。

 麺の太さは2.1mm、通常であれば茹で時間は17分だが、冷凍したままの麺の茹で時間は1 ~2分。提供時間は大幅に短縮できる。ゆえに『sisi煮干啖』をオフィス街に出店しランチのみの営業としたそうだ。

にぼたん

前菜からメインまで。オールインワンな一皿。

 「にぼたん」が運ばれてきた。トッピングが添えられているのもなんだか楽しい。紫タマネギのみじん切りを一緒に食べると香味が利いて前菜やサラダのような感覚が味わえる。バラ海苔と麺を一緒に食べると磯の香りが口中に漂い、スープを味わっているような気持ちになる。うずらの卵で箸休めした後に、自家製のハムを一切れ口に運ぶとメインディッシュを食べているような満足感が。そんな具合に一皿で“仕上がる”感覚なのだ。

 さて。ここまでくると「にぼたん」は確かにパスタではあるが、ひと言でパスタと括ってしまうのがもったいない気もする。「新しいパスタを…というよりは“にぼたん”という世界にひとつだけの料理をつくりたかったんです。誰も食べたことのない味わいで、なおかつ癖になる味のパスタにしたかった」と高山シェフ。ラーメンやカレーは日本に上陸した後にガラパゴス化、日本という国でローカライズを重ね、カルチャライズに成功して世界で唯一の料理として昇華し続けている。それを目指したいというのが、「にぼたん」に対するモラルだった。

にぼたん(中)
写真の「にぼたん(中)」は850円。使用している乾麺はこのサイズで140g(吸水後は210g)だ。基本の「にぼたん」のバターをトマトソースに代えた「トマたん」と、 50℃のオリーブオイルで5時間炒めたニンニクと唐辛子を加えた「ぺぺたん」もラインナップに加わり、現在3種のメニューを『sisi煮干啖』では楽しめる。

シェフ:高山いさ己(たかやまいさみ)氏
1976年東京都生まれ。「にぼたん」のきっかけは『カルネヤサノマンズ』で期間限定で提供した煮干し出汁を使った肉料理のソース。そのソースには使わない煮干しの頭とワタをフレークにした煮干しパスタが評判で「にぼたん」へと昇華した。

sisi煮干啖(sisiNibotan)

sisi煮干啖(sisiNibotan)
東京都中央区日本橋小舟町4-9
03-3527-2498
10:30 ~売り切れ(概ね14:00)(土は11:00 ~)
日祝休


text 小林淳一(コバヤシライス) photo 加藤純平

本記事は雑誌料理王国第303号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第303号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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