食と映画#4 ヨーロッパ各国のステレオタイプの紹介にとどまらない「スパニッシュ・アパートメント」


皆さんは、映画を見て、映像や音楽から、ふと個人的体験の思い出のスイッチを押されることがありませんか?
私は、2002年(日本は2004年)公開の『スパニッシュ・アパートメント』(原題:L’Auberge espagnole、英題:Pot Luck)を見たときに思い出のスイッチを押されました。

内容は、ロマン・デュリス演じるグザヴィエがフランスを離れ、スペイン・バルセロナの経済学大学院で学ぶことになり、アパートメントでヨーロッパの他の国から集まった学生たちと共同生活を送る、青春劇です。
フラット(ルーム)シェアをするのはスペイン、イングランド、イタリア、ドイツ、デンマーク、後にベルギーからやって来た学生たち。
ヨーロッパ中の学生が集まり、そこでの生活スタイルややりとり、母国語がそれぞれ違う中で、外国語である英語を中心に時にぎこちなく会話をする様子は、私自身がイギリスで学生生活を送った日々とオーバーラップしてしまうのです。

食のシーンでその国のイメージを演出

『スパニッシュ・アパートメント』の面白いところは、それぞれのキャラクターの個性を描くときに、まずは各国のステレオタイプな国民性を分かりやすく紹介しています。たとえば、イングランド出身の女の子、ウェンディに「紅茶飲む?」って言わせたり、フランス人の主人公グザヴィエに対して「フロッグ(カエル)野郎」ってつぶやかせたり。「イギリス=紅茶」「フランス=カエルを食べる文化がある」という食のイメージをうまく利用しているわけです。

主人公のグザヴィエが親密になる、バルセロナ在住のフランスの中流らしい夫婦の朝食はいかにもフランスで、ジャムはしっかりボンヌママンだし(チェック模様のふたをジャム、といえばわかるでしょうか)、食器もリモージュ焼きと思わせるものを使用しています。みんなでごはんを食べるときは、ジャガイモを使ったグラタンのようなものを登場させる。ジャガイモは、国を問わず、ヨーロッパでは大量に消費されますし、国によって名称こそ違えど、似た料理が多いですからね。

ステレオタイプで終わらせない

ただ、ステレオタイプに終わらせないのが、この映画のえらいところで、それはイングランド出身のウェンディの弟、ウィリアムが来たときのこと。各国の国民性をステレオタイプでもってひととおり弁を打った後で、スペイン人の女の子に「みんなっていうけど、あんたは何人のスペイン人を知ってるの?」って言わせるシーンも、ちゃんと用意されているんです。

人は、国など属性によってのみ決まるわけじゃない、持って生まれた個性もあって、それぞれ違うのよ、と言わんばかりに。一瞬場は白けるけれど、言うことはやっぱり言うんです。こういう場面も、そうだよなぁ、と深く頷いてしまうのです。

ところで、『スパニッシュ・アパートメント』の英語のタイトルは、『Pot Luck』(公開当時のイギリスでのタイトルは『Euro Pudding』)。Pot Luck(ポットラック)とは、単直には「あり合わせの料理」の意味で、パーティーなどで参加者がそれぞれ、料理やデザートを買ってきたり作ってきたりして、みんなで一緒に食事する言葉で、内容をうまく言い表しているな、と感じます。

フランス語のオリジナルタイトルは『L’Auberge espagnol』で、日本語題の『スパニッシュ・アパートメント』は直訳したものです。同時に『L’Auberge espagnol』という言葉は、スラングで“ごちゃまぜ”を意味するとか。

額面どおりにしろスラングにしろ、ぴったりのタイトルですね。


文=羽根則子

食のダイレクター/編集者/ライター、イギリスの食研究家。出版、広告、ウェブメデイアで、文化やレシピ、技術、経営など幅広い面から食の企画、構成、編集、執筆を手がける。イギリスの食のエキスパートとして情報提供、寄稿、出演、登壇すること多数。自著に、誠文堂新光社『増補改訂 イギリス菓子図鑑』など。


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