腹の底からおいしいと言えますか?「旅する料理人」三上奈緒氏が追求する食(後編) 「やってみよう」が、食の身体性を鍛える


旅する料理人、三上奈緒さん。全国各地で行う調理イベントなどを通し、現代社会では見えにくくなっている「おいしさの根源」を人々に提供し続けている。そんな三上さんに、ご自身の取り組みや考えをインタビューし、全3回で紹介。最終回の今回は、活動の背景にある思想をお話しいただいた。

三上奈緒 みかみ なお
東京農業大学卒。「顔の見える食卓作り」をテーマに、食を通じて全国各地の風土や生産者の魅力を繋ぐ。食卓から未来を想像する学び場 Around the fireや、縄文から原点を学ぶ、縄文倶楽部を主宰。Edible schoolyard japanのchef teacherをはじめ、子どもたちの食教育も行う。 海に山に川に、料理のフィールドはどこへでも。石を組み、木でアーチを組み、焚き火で料理する、プリミティブな野外キッチンを作り上げる。
※表紙写真は香川・父母ヶ浜

提供したいのは、原始の感覚を呼び起こし、生きる力を見つめなおす食体験

――三上さんの今の活動の根底にあるのは、どのような考えでしょうか。

いろいろあり、全部がつながっているのですが……。

まずは危機感から言うと、初回にお話しした大学の授業の時にも触れた、食に関する想像力の不足をなんとかしたいと思っています。今の日本の多くの人は、表面しか見ないでものを食べていると強く感じているからです。

食べるという行為は、ものを身体の中に入れるということ。こんなに重大なことなのに自分の頭や感覚ではなく、「SNSですすめられていたから」「食べログの点数が高いから」と、情報で判断して食べる。だから「それ、腹の底からおいしいと思ってる? 自信ある?」と聞かれたら戸惑う人は多いはずです。

インフルエンサーやりませんか? とDMが来たこともあります。新規開店のお店のレビュー書いたらお金もらえると。受けませんでしたけど、こういうので作られているんだなと(笑)。インフルエンサーがビジネスになるということは、裏を返せば、流される人がいかに多いかということでもあると思うのです。

人間本来の感覚は、普段から研ぎ澄ませていないと鈍ります。養老孟司さんの言葉を借りるなら、「身体性」が本当に失われている。

つまり、本当のおいしいがわからない人が増えるということは、作られたニセおいしいが蔓延るということ。丁寧に取った出汁よりも、うま味調味料で上書きされた味をおいしいと評価する人ばかりになったらどうでしょう。それは結果的に食の価値を下げることにもつながります。

――逆に、三上さんがワクワクする食とはどのようなものでしょうか。

ついこの間土佐清水を訪れた際に、宗田節屋の新谷商店さんを訪ねたら、貝拾いに連れて行ってくれたんです。彼は生まれ育った海のことをよく知っていて、どれがどの貝か、おいしいか、教えてくれるんですね。

そうして採集した貝を友人宅へ持ち帰ると、これまた海に詳しいじぃじが大層喜んで、流れ子はグリルで焼いて、ニガニシは湯がいてと、あっという間に食卓に並び、その手際の良さに驚きましたね。それがとてもおいしくておいしくて。高知の酒にも合う。

そこから貝拾いにはまり、3日連続貝拾いしました(笑)。貝の炊き込みご飯も非常においしかった。そして釣りにも行き、自分で釣った魚を中里自然農園さんのお野菜と一緒に料理し、それもまた抜群においしく、骨の出汁も最後まで使い切りました。

まさにお金では買えないおいしさ。こういう体験には本当にワクワクします。

なので、本当においしいものは現地にしかない、というのが私の実感です。よく「本当においしいものは豊洲や大田に行くんだよ、都会で高く売るんだよ」なんて言われますが、私の感覚からするとそんなことありません。その土地のものは、その土地の気候風土で食べた時が、一番おいしいと思うのです。おいしいものはとてもシンプルです。

今は、複雑に料理したり、素材に科学的な加工を加えることでおいしくなると信じ込まされている部分があると思います。やっぱりシンプルなだけではお金が取れないから。本当、資本主義に巻き取られてしまっていますよ(笑)。

――そうした危機感と、楽しさの両方を組み合わせたのが、三上さんの行っているイベントやワークショップなのだと思いました。

そうですね。焚き火のイベントで気づいたことがあります。焚き火は楽しくて、かつ身体性のトレーニングに最高なんだな、と。

焚き火は「スチコンで何度、何分」でも「レンジで何ワット、何分」でもありません。感覚と観察と経験です。なので、縄文ワークショップで焚き火の上に渡した岩盤で肉を焼く時など、子どもが「もう焼いていい?」と聞いてくるんです。私は「触ってみたら? 手をかざしてみたら? 熱かったら焼いていいんじゃない?」と答えます。ちょっとくらい失敗したっていいじゃないですか。

その時思ったのは、子どもたちに「やってみよう」の習慣がないこと。今は小学生でもわからないことがあったらGoogleやYouTubeで調べられますからね。「まずやってみる」。自分でトライして、エラーして、と、身体を使うことが圧倒的に欠けている証拠を見たような気がしました。その一方で、「やってみたら?」と言ったらハッとして、何かに気づいたようだった。そこは、嬉しかったです。

高知 刈谷農園

また、「仲間と食べる」ことも人間の本能に直結していると思い、大事にしています。「分かち合う」という行動が、人間の喜びの根源にあると思っているからです。

こんな説があります。ホモ・サピエンスより強い人類は他にいたけれど、結局ホモ・サピエンスが唯一生き残ることができたのはなぜか。それは、一人ずつの強さが他の人類に劣るからこそ、仲間と協力する能力を生み出し、その能力が決め手になったからだというのです。

人は不思議と、食卓を囲むと一気に打ち解けることができます。それはこのように、協力し合うことで生き延びた記憶が本能にきざまれているからではないでしょうか。

それでも現代社会では、時間がないからオフィスで壁に向かってコンビニ弁当でランチを済ますとか、3年間小学生は黙食だったとか……。個食に孤食と、さらに近年は、便利と引き換えに人々の間の分断が急速に進んでいます。

食事の時間を共にし、同じ釜の飯を分かち合う体験は、今、社会が抱えている課題に対する一番の処方箋だと信じています。パエリアや丸焼きには、そういった想いも込めています。

――活動の裏にある三上さんの思考がよくわかりました。

常に「なんで?」を心の中に持ち、「当たり前は当たり前じゃないかもよ?」と考える。

体は正直ですが、脳は嘘をつきます。だからビビっと来たら考えるより前に動いてみる。現場に向かうことが大切だと、日々思っています。真実はそこにしかありません。

行けばわかるさ何事も!だからフィールドワークはやめられませんね。

私もよく怒られたものです。ちゃんと仕事につきなさいとか、バラバラなことばかりしている、なんてね。でも、振り返ると全部、食というキーワードでつながっていました。栄養士として学んだことだって、ちゃんと生きています。

人を良くすると書いて食です。食を通して生きる力を見つめ直す体験を、これからもいろいろな形で提供していきたいです。

※前編【イベントは毎回発見】〜三上さんの活動内容と目的 はこちら
※中編【手探りの中で訪れた「やりたいこと」】〜三上さんが今の活動をはじめるまで はこちら

NAO MIKAMI 旅する料理人
https://www.naomikami.com

SPBS THE SCHOOL「おいしいってなんだ?」
三上奈緒さんナビゲートによる全6回(7月〜11月)の長期講座「おいしいってなんだ?」が開催されます。農園でのフィールドワークや哲学対話を通して、食の在り方を見つめ直す学び場です。
詳細は以下、公式サイトをご参照ください。
https://www.shibuyabooks.co.jp/event/9740/
※定員になり次第、受付終了となります

全6回(初回7月12日〜第6回11月25日)
第1回「おいしいってなんだ?」 三上奈緒さん[旅する料理人]
第2回「食と日本の現在地」 保田茂さん[農学者]
第3回「食と世界の現在地」 岡根谷実里さん[世界の台所探検家]
第4回「食と平等」 仲野晶子さん、仲野翔さん[SHO farm/農家]
第5回「おいしいの中身」 鴨志田純さん[鴨志田農園/コンポストアドバイザー/農家]
第6回「ごちそうさまのその先」 四井真治さん[パーマカルチャーデザイナー]

text:柴田泉 photo:三上奈緒氏提供(イベント・料理)、柴田泉(人物)

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