「すきやばし次郎」小野ニ郎の「すし屋の心得」#8


すし屋の門を初めてたたいてから50年以上もの間、すしを握り続ける銀座「すきやばし次郎」の主、小野二郎さん。彼が求め続けるすしとは、職人の姿とは。二郎さんが「もっとも信頼していて話しやすい」と名をあげる料理評論家、山本益博さんが、その言葉を聞き出す連載。ジャンルを超えてすべての料理人に伝えたい。

一、これまでの旬にこだわらずそのときに一番いいものを見極める

獲れなくなりましたねぇ。魚のことですよ。マグロもカツオも、いいものはめっきり少なくなりました。アワビなんてね、今では考えられないような大きなものが、1キロ3000円ほどで売られていたんですよ。それでいて質もいいんですから。業者からは「あまってるから、使ってくれよ」なんて言われる時もあって。信じられないでしょう?(笑)それが今では、1キロ3万円ですから。それでいて、納得いくものが少ない。大変な時代になりましたよ。

ウニも獲れないですね。ロブションさんが「クリームみたい」と絶賛してくださった、肉厚でトロッとした濃厚なウニに出会える確率は、めっきり減ってきました。

温暖化といわれていることも大きな影響だとは思いますが、やはり、世界中で魚を食べるようになったということも、影響していますよ。空前のすしブームも、原因のひとつでしょう。日本のすしが認められるようになったのは、うれしいことなんですけどね。気持ちとしては正直、複雑です。

「今日はどんな感じ?」。仲卸業者に声をかけつつ、「アジやコハダはここ」「カツオはここ」「貝はここ」と、かけ足で場内をまわる。どこに何があるのか体で覚えているので自然に足が動く。スピーディーなやりとりは、業者との信頼の証。

でも、こうやってぼやいてばかりじゃしょうがない。こういう時代のなかで、最高のものを出すにはどうするか、を考えればいいんです。

まず大切なのは、魚を見る目を養うことでしょうね。うちは息子の禎一が30年以上、築地に通い続けていますから、仕入れは彼に任せています。禎一には、「旬に惑わされないように、そのときに一番いいものを仕入れてくるように」とだけ伝えています。たとえば、そろそろトリ貝の季節だから、という先入観だけでトリ貝を買っては駄目ですよ。トリ貝はね、今、例年よりも獲れる時期がずれ込んでいるんです。いつもと同じような感覚で仕入れると、痛い目にあう。

それに、最近、量が慢性的に不足していますからね。質と価格のバランスのとれていないものが出回っていることもある。そんなときは「無理をして買わない」という選択肢も、あたしは必要だと思います。これは、トリ貝に限らないことですけどね。

自分の目を信じて、実際に魚を見て、そのときに一番いいものを仕入れる。だから、毎日、築地へ行くんです。信頼できる魚屋と話をして、納得したものを買えばいいんです。

魚の質を自分の目で確かめ、業者と話をしながら納得したものだけを仕入れる。毎日築地へ行くのもそのためだ。

そうそう、よくなってきた魚もありますよ。アジやイワシはいいですね。流通事情がよくなって、全国から新鮮なものが手に入りますから。アジやイワシは生で食べると本当にうまい。でも、〝足〞が速い。だからうちでは、なるべくおろしたてを食べてもらいます。「新鮮な魚を新鮮なまま」。それもひとつの工夫です。

ここのところ、お客さんからの「おかわり」はアジが多いんですよ。こちらがアジだって言ってお出ししているのに、「これは何ですか?」ってまた聞き直すほど、そのおいしさに驚かれるようです。いいアジが手に入るのに、それを生かしきっていないすし屋が多いってことなんでしょうね。

「熊梅」で初ガツオを仕入れる。業者がその場で切り身にするのだが、最初に包丁を入れたときの背ビレのところで、質のよしあしはわかるという。脂ののったいい切り身が出てくるまで、待つ。日によって大きく質が異なるそうだ。

自分の思う、最高レベルの味に近づけるためには技術が必要

しかし、たとえ今ひとつ質に満足できないと思っても、どうしても手に入れたい魚はあるでしょう。すし屋なんですから。

そんなときのために、自分の〝腕〞があるんですよ。アワビが小さくて堅いと思っても、その身質を見極めつつ、酒の量や煮込み時間を調整すればいい。そして、これまで自分が経験した最高のアワビの状態に、少しでも近づけるように工夫を凝らせばいいことです。マグロにしても、自分なりに、これまでとは違った熟成方法や切り方を、あらためて考え直してみるのもいいでしょう。

そういうことができるためには、本物を知っていなければならない。最高の素材、最高の味を知らないと、近づけようっても、近づけられないですからね。だからあたしは、どんな料理人でも「一流店で働け」って言うんです。良質の素材を毎日扱っていると、理屈抜きに、素材のよしあしは見えるようになってきます。体で覚えてくるんですよ。二流の素材しか扱っていないと、それ以上のことを知ることはできない。二流のまま止まってしまう。厳しい言い方ですが、そういうもんです。

魚が手に入りにくい、こういう時代だからこそ、素材を見る目、確かな技術が必要となるんです。今こそ、すし屋の力量が問われる時です。

「鮪 藤田」にて。二郎さんの次男で「すきやばし次郎」の六本木ヒルズ店を任されている隆士さん、「すきやばし次郎」で10年間修業し、昨年独立した銀座「青空」(はるたか・左)の高橋青空さんに偶然出会う。ほっとひと息のマグロ談義。

山本益博 監修、管洋志 撮影

本記事は雑誌料理王国第165号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第165号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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