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名店を支える隠れた逸品!すきやばし次郎のカウンター


「すきやばし次郎」で、椅子に座る。瞬間に、背筋が伸びて、気分が清らかになっていく。
 それはなにより目の前に、小野二郎さんの凛々しき立ち姿があるからである。微塵も穢れがない、神聖ささえ感じる店の清潔感が、そうさせるからである。

 しかしそれだけではないことに、最近気がついた。まず椅子である。牛三頭分の皮を使ったという特注の椅子は、人間工学を的確に押さえ、コシの部分を優しく、しっかりと支える。
 背筋が伸びたまま、視線は二郎さんの手元に注がれる。握る姿の一挙手一投足を見つめながら、黒板に握りが置かれるのを待つ。

 握りは置かれて、ふわりと沈む。酢飯に含まれた空気が、微かに抜けて軟着陸し、「食べて」と囁く。爽やかな香りが鼻に抜ける赤身、酢飯と一体化するコハダ、甘い香りを放つ蛸、滋味を爆発させながら溶けていく穴子など、目も眩む江戸前すしのドラマに酔う。

 二郎さんのすしは、エレガントである。魚たちのたくましくもはかない命の色気に富んで、当代一の酢飯と舞って、我々を魅了する。たまに同席者とおいしいねと頷きあうだけで、黙々と、黙々と食べる。

 次第に高揚し、華やかな気分となる。だが幾度も通ううち、そんな気分を支え、持ち上げてくれる存在に勘づいた。

 それが漆塗りのカウンターである。渋朱色に、梨地と呼ばれる、梨皮の表面のような点々を施す技法で塗られていて、その輝きが、潜在的に我々の心を、清らかに、華やかに導くのである。

 今はほとんどの和食店は、白木のカウンターである。でもそれは二郎さんに言わせれば、「工事途中」のカウンターなのである。漆を塗ってこそ、ようやくお客様をおもてなしできる空間が生まれる。
 開店来の姿だが、一度塗り直したことがある。しかしその時は、お客さんがかぶれないように漆を落ち着かすため、もう一つカウンターを作り、塗って半年寝かし、カウンターごと変える大工事をしたという

「もう受け継ぐ人がいなくて」と、二郎さん嘆くのは、梨地面の技術だけでない、カウンター縁につけられた巾木も、真っ直ぐ伸びた希少な桜を使っている。そのため目地が真っ直ぐ伸びていて、清々しい。

 さらにはカウンター手前の裏にも「かえし」という溝が仕込まれている。この溝に手をかけることによって椅子を引き寄せる、椅子から立ち上がるという行為が、容易くなるのである。

カウンターの裏側には、「かえし」と呼ばれる溝がある。荷物置きは、奥に下がって傾斜がついている。

「10人が一斉に手をかけても、びくともしません」。というほど、盤石なボルト締めをしてある。またカウンター下の荷物置きは、荷物が滑り落ちないよう奥に下がって傾斜がつけられている。
 これほど美しく、完璧に気を巡らせたカウンターがどこにあろうか。僕はカウンターに敬意を払い、時計を外して座る。そして歳の職人が握るエレガントなすしを、静かに心して、待つのである。

すきやばし次郎
SUKIYABASHI JIRO

東京都中央区銀座4-2-15 塚本総業ビルB1
03-3535-3600
● 11:30~14:00、17:30~20:30
● 日・祝、土夜、8月中旬、年末年始休
● 10席
www.sushi-jiro.jp


Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京 食のお作法』(文芸春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。写真右が著者、左が小野さん。

本記事は雑誌料理王国第260号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第260号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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