ローヌ・アルプ地方に位置するフランス第2の都市リヨン。食都として知られ、郊外に有名料理店「ポール・ボキューズ」「アラン・シャペル」「ラ・ピラミッド」「トロワグロ」等々を擁してきながら、じつはリヨン市内にはミシュラン三ツ星の店はない。Takao Takano(タカオ・タカノ)は2018年に、この街でミシュラン二ツ星を獲得した日本人シェフだ。
──リヨンに16年住んで、自分を日本人だと意識されますか?
日本人が作っているフランス料理、とひと言で言われるのは、残念な気がします。お客さまは僕を日本人とみています。だから「何の料理?日本料理?」とよく聞かれます。その質問に頑張って答えようとするんですが、最近ではその質問自体がナンセンスなのではという気がしています。僕は、ただ「おいしいものを
作りたい」気持ちでやっています。具体的に言えば、食材に素直な料理。スタッフにも「食材が配達された時に、いい食材を見極める目を持たないといけない」といつも言っています。だから朝7時半から8時が、一日の内で最も大事な時間。もちろん技術的なことも大事ですが、技よりも何よりそこに気をつけています。
──食材に素直な料理とは?
星付きのレストランだとか、そういうことを気にせず、農家から運ばれてきた野菜を、自分たちで見る。魚も。メニューはもちろんありますが、今日はいいスズキがあったけど、翌日はいいものがなければ、無理にスズキは使わない。その日に一番いいものは何か、から始まる料理なんです。
──「今日のメニュー」ですか?
ただ出されるものを食べるカルトブランシュ(お任せの定食)ではなくて、お客さまがイメージできるメニューにしたい。それがレストランの魅力の一つだと思うので。店に入って、サービスの人と会話をしながら、今日は何を食べるんだろう、とメニューを見ながらイメージしていただきたい。だから毎日、必ずメニューは書き出します。
──メニューは毎日変わる?
お昼なら、その日の11時前にメニューを決めます。
──3つのメニューがありますね。
昼のメニューは毎日変えます。でも夜のメニューは1カ月、2カ月が目途。ただし、食材に固執せずに毎日、食材によってフレキシブルに変えていけるようなメニューにしたいと思っています。
──厨房は何人で?
オープン時は厨房2人、サービス2人でしたが、現在は各4人です。少人数でやっているので、一気にメニューを変えることはできないんです。変えるとすれば30皿近く変えなければいけないので。そういうことにはあまり興味がなくて、今週はこの皿のここを変えようか、それが固まったら次はこの皿をとかと、常に変わっていく。それで、2カ月も経つと全く違うメニューになっている。常に動いているメニューなんです。お客さまに来ていただくと必ず新しい皿がある。そういった楽しみを大切にしたいんです。
「日本っぽい皿を作ろうという意識は全くない。でも、日本文化の自然なフィードバックはある。それが僕らの強いところじゃないかと思う。」
──週末の夜は2カ月先まで予約でいっぱいだとか。
25人ほどしか入れない店ですしね。入られたら8時から12時までいらっしゃるお客さまもいますから。厨房2人の時はコースでしかお出しできなかった。でも4人になっても自分たちのリズムで、流れるような、軽快なリズムでお客さまに皿をお出ししたいと思っています。
──こちらの魚はどうですか?
日本の魚はうらやましいです。こちらでは一年中、魚が限られてしまう。スズキ、ヒメジ、マトウダイ……サバなどもありますが、たとえばタイ一つとっても、日本の「桜鯛」などという、季節ごとの魚の感性はない。日本人とは感性が違うと思います。だから、魚に関しては何も言えない。「そこにある魚」でなんとかしようとするわけです
──魚は注文するんですか?
こちらでは48時間前に注文しなければいけないので、今朝届いた魚は一昨日の夕方にあがった魚です。極端に質が悪いわけではないですが、日本を知っているとね……。イケジメも、フランスでは今、モードになってしまっていて、言葉が独り歩きしている感じがしますし。
──この街の食の世界は変化してきていますか?
リヨンは食の動きが少なかった都市なんです。少し前までは、とにかく郷土の料理が主体でした。ここ数年、技術的にはまだ不完全かもしれないけれど、若い人たちがダイナミックな料理をし始めました。
──昨年、二ツ星になりましたね。一つと二つは雲泥の差ですよね。
先ほども話しましたが、僕の店の強みは、メニューが固まっていないダイナミックなところと、食材の強さです。一ツ星(2014年)はそこまでで取れたと思いますが、二ツ星が取れた理由は、その食材のレベルが常に安定的に出せるようになったからだと思っています。
──テクニック的にはどう?
常に、いかにシンプルにしようか、と考えています。僕の場合は引き算、引き算です。どこまで皿の中をシンプルにできるか。皿を見て、加えていくことは誰でもできると思う。それをやっていると、みんなの皿が同じに見えてしまうと思います。
──引き算には勇気がいる。
力と勇気がないとできないですよね。自分がどれだけいい食材を使っているか、が勇気を与える。自分たちの予算の範囲で、最上のものを使う。その目利きが僕たちにはできる。皿の上に花を加えたり、ハーブを加えたりという方向にはいかない。それらを加えるとすれば、それは味や香りを高めるためです。
──どうやって食材のクオリティをアップさせるんですか?
肉も魚も野菜も、ベースになる業者さんがいて、その数がここ数年増えてきています。緊張感も必要で、うちの敷居をまたいだときに、魚が少しでも悪かったらそのまま持って帰っていただく。それはある意味、勇気ですよね。それに対応するスタッフの力も出てきた。だからこそ、相手も下手なものは送ってこない。バスクや地中海から魚を直送させる業者さんも現れました。
──クラシックな料理が主流の街で、日本人の鷹野さんが存在感を示せているのはなぜでしょう?
僕はこのレストランのスタッフとして、ひとりの料理人として、おいしい食材をどこまでも探しに行く仕事をしています。フランス全国だけじゃなく、イタリアにもスペインにも北欧にも行きます。何が自分たちの舌に合い、「おいしい」の基準に合うのか、を単に日本人としてではなく判断する。それでいいんじゃないか、料理に国境を作らない。いい食材を、フランス料理のテクニックを使って料理しているだけなんです。
──自分は日本人だけれど、料理には国境はないと?
20年近くフランス料理の世界で働いているので、他の国の料理のテクニックは知りませんが、日本人なので、料理へのアプローチの仕方がフランス人シェフとは違っていると思います。フランスで店を構えられた日本人シェフの中には、フランス料理をしにフランスに来ているんだから、日本のテクニックは使わないという人も多かったんです。そういう偏った考え方って、もったいないなあ、とずっと思っていました。
──体の中に持っている日本人の文化を生かしたほうがいい?
日本人として骨身にしみた文化や美学を自然に持ちながら、フランスで料理をしている。そういう砕けた感じが僕は好きです。
──ご自分の名前を店名に?
よく、あなたは調理場に居るの?と聞かれるんですが、居なかったら困りますよね。店の名前を付けるときも、自分の名前を付けたかった。それは僕の家に遊びにいらしてください、という意味なんです。人を家に招待するときに、招待した人が居なかったらおかしいじゃないですか(笑)だから、僕は朝からずーっと調理場に居ます。なので、申し訳ないんですが、ミシュランのセレモニーにも欠席させてもらっています。
──三ツ星は目標ですか?
短期、中期、長期の目標をもって働くことが大事だと思います。長期的には僕の目標は三ツ星です。でも、今のままでは店の造りが雑なので、三ツ星は取れないんです。いまプロジェクトとして、隣が借りられたら、現在の50㎡を100㎡にして、こちらはウエイティングサロンに、という計画は立てているところです。
──ありがとうございました。鷹野さんらしいご活躍を祈ります。
1975年山梨県生まれ。99年から2年間師事したラ・ビュット・ボワゼの森重正浩シェフは、食材に一直線な料理人で、緻密なテクニカルな料理を学んだ。2002年に渡仏。リヨン旧市街の高級レストランCour des Logesのシェフで、後にベックを開くニコラ・ルベックシェフの元へ。ニコラさんの料理は粗削りでダイナミック。同
時に優しい料理だった。「二人の師の配合が、僕の料理なのかもしれない」と鷹野さん。2010年Takao Takanoで独立。14年一ツ星、18年二ツ星。
Takao Takano
タカオ・タカノ
33 rue Malesherbes – 69006 Lyon 6ème
● 月~金 12:00~13:30, 19:30~21:30
● 土・日・祝休
● 昼60€、夜100~150€が目安
www.takaotakano.com
本記事は雑誌料理王国299号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は299号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。