東北地方では連日のように熊が出没し、野生動物による被害が全国的に拡大している。特に農業被害は深刻で、全国で報告される農作物の被害総額は年間164億円にのぼると見られている※。丹精込めた農作物が台なしになることで、農業を続ける意欲を無くし、離農する農家が増えると農地が荒廃し、その結果、被害はさらに拡大する。こうした状況を打開するために、鹿やイノシシ肉の消費を増やそうとさまざまな取り組みを行っているのが鳥取県。そんなジビエの現場を2人のフレンチ料理人が訪ねた。
今回、鳥取県を巡ったのは鳥取出身、大阪・心斎橋「リュミエール」の唐渡泰さん。そして鳥取は3回目という東京・日本橋「ラペ」の松本一平さんというフランス料理店のシェフだ。
2人が最初に向かったのは県東部に位置する八頭郡の日田集落。ここでは集落全体を高さ2m、全長5kmのワイヤーメッシュ製の柵で囲み、野生動物の侵入を防いで農作物や人を守る。村に設置した箱罠(写真)12カ所、くくり罠複数カ所では年間50頭もの野生動物が罠にかかった年も。被害の状況や村単位で取り組まねばならない現状を目の当たりにし、唐渡さんも松本さんも驚いた表情だ。


ワイヤーメッシュの柵で周囲を取り囲む集落
約20年前より野生動物による農作物被害が深刻化し、集落で対策を実施。「安全な囲いの中に人間が住むイメージ」と日田鳥獣対策委員会の小谷知載さんが話すように、集落を柵で囲み、柵の外側には掘りを作った。随所に設置する罠を見回り、野生動物がかかっていると仕留めて解体処理施設へ搬入。年に数回、村で収穫祭を開き、命に感謝を捧げる。
日田鳥獣被害対策委員会
鳥取県八頭郡八頭町日田集落
続いては日本料理のオーベルジュを営む傍ら、猟師を務める寺川豊さんを訪ねた。案内してもらったのは大山中腹の標高700mの山中。足跡を指差して「これは雌シカの成獣です」と寺川さん。獣道や木に角をこすった跡など、野生動物の痕跡を次々と見つける。猟の際、野生動物の待ち方や猟の手法、銃についてなど、シェフたちからも質問が続々。普段食材として向き合うジビエが、改めて生き物であると実感した瞬間だ。


料理人でありハンターが猟師の裾野を広げる
京都の日本料理店で経験を積んだ店主・寺川豊さんによる日本料理とジビエ料理が評判のオーベルジュ。猟師でもある寺川さんは若手猟師の育成にも力を入れる。チームを組んで狩りに出るほか、狩猟免許を持つ人に向けたビギナーレッスンや狩猟ガイド、素人向けの体験ツアーも開催(いずれも要予約)。狩猟に興味を持ってもらうための活動を進めている。
美食倶楽部Gibier人 櫻川
鳥取県西伯郡大山町豊房2051-104
TEL 0859-57-7518
https://www.instagram.com/gibierbito_sakuragawa/
先の集落や猟師によって仕留めた野生動物の受け入れ先が、県内に16カ所ある解体処理施設。そのなかでも次に向かった「わかさ29工房」「日本猪牧場」は鳥取県HACCP適合施設に認定されており、安心安全なジビエを出荷する。
「わかさ29工房」を訪ねるとちょうど仕留めてから2時間以内に持ち込まれたシカの解体が行われていた。ジビエは個体の受け入れ先がないと自家消費か廃棄するしかなく、放置すればクマの出没につながり、埋めると重労働。そこで、ここでは高齢化する猟師への負担軽減からどんな状態でも随時引き取り、年間2600頭のシカを処理する。それでも捕獲されたシカのうち、県全体で23%しかジビエとして活かせていない現状を知った。

厳格な管理と高い技術、鮮度で首都圏のレストランに提供
若わかさ桜町と八やず頭町による公設民営の解体処理施設。運営を担う河戸建樹さんは長年ジビエの扱いを研究。仕留めてからすぐに届く個体をわずか40分で解体して冷蔵する鮮度や丁寧なトリミングを重視して品質を高め、料理人からの信頼も厚い。皮は皮革工場へ、端材や骨はペットフードにして循環させる。研修生を受け入れるなど、後進の育成にも注力。
わかさ29工房
鳥取県八頭郡若桜町若桜999-1
TEL 0858-71-0429
(施設管理責任者 河戸建樹)
続く「日本猪牧場」は県内で捕獲されたイノシシの約半数を解体処理する老舗。解体から精肉まで手がけるなかで個体差が出ないよう、トリミングを徹底するのが特徴。両者の解体処理施設からシカとイノシシを仕入れている松本さんは「共に品質がいいうえに、丁寧なトリミングによる歩留まりの高さも魅力」と話す。


イノシシの飼育・繁殖から始まった歴史ある肉屋さん
約60年前にイノシシを繁殖、飼育したことから始まった解体処理施設。現在は猟師が捕獲したイノシシを中心にシカも取り扱う。届いたイノシシは安全性を確認したうえで解体して5℃の冷蔵庫で熟成。繊維を傷つけない皮剥やトリミングの技術などから獣臭は一切無く、清らかな印象の脂やコクのある肉質にシェフたちも大絶賛。
日本猪牧場
鳥取県倉吉市服部975-2
TEL 0858-29-7729
https://r.goope.jp/inosisi29/
旅の締めくくりは「とっとりジビエフェス」へ。県東部を中心とした飲食店によるジビエ料理が提供されるイベントだ。主催する「鳥取いなばのジビエ推進協議会」は猟師や解体処理業者、飲食店、行政、商工会など、川上から川下までが連携し、13年前に誕生した全国初の組織。野生動物の尊い命をジビエとして有効利用する活動を早い段階から行い、鳥取県がジビエの先駆者と呼ばれる理由のひとつだ。一般客で賑わうイベントの盛況はジビエの魅力が消費者まで届いていることを表している。

鳥取県と鳥取いなばのジビエ推進協議会が共催するジビエ料理の祭典。3回目を迎えた今回はブッフェ形式とし、県東部を中心とした9店の料理が並んだ。冒頭の挨拶において副知事の中原美由紀さんは「ジビエ料理は“川上から川下”まで連携しないと成り立たない。皆の苦労の結晶ともいえる料理を楽しんで欲しい」と呼びかけ、110名の来場者が堪能した。壇上では「7年前にわかさ29工房の河戸さんと出会い、ジビエの本当の魅力を教わった」と松本さん。「こんなにも素晴らしい素材は広めないといけない」と唐渡さんも話し、共感した来場者から喝采を贈られた。









このほか、国内唯一の専門研究機関である「日本きのこセンター」や創業81年の歴史を誇る「北条ワイン醸造所」、希少な花御所柿を作る「岡崎ファーム」、環境に優しい梨の栽培に挑む「丸山農園」、レストラン向けの多品目の野菜を作る「坂田農園」などへ。「素晴らしい素材を見ると、今すぐ料理を作りたくなる」と話す唐渡さんも刺激を受けたようだ。

古来より伝わる伝統品種を守り農地を広げて生産地を守る
100年以上続く柿農家に生まれ、祖父母が栽培する柿園を守りたいと考えて就農。因幡地方だけで栽培される在来品種の「こおげ花御所柿」や鳥取県オリジナルの「輝太郎」を中心に栽培。生産地を守る考えから、耕作放棄地を借りて農地の拡大にも努めている。
岡崎ファーム
鳥取県八頭郡八頭町市谷335-1 TEL 0858-71-0565
https://www.okazakifarm.com/

レストラン向けの高品質な野菜やハーブなど多品目生産
約13年前に大山町で就農。当初はJAに卸していたが、料理人との出会いを機に、レストラン向けの野菜を作るように。味や風味が濃い野菜を目指し、料理人のフィードバックのもと味を追求。野菜や花、ハーブまで80品目近くを生産する。
坂田農園
鳥取県西伯郡大山町所子509-2 TEL 080-1715-1186
https://www.facebook.com/share/1AsWQ3gCyC/

次世代を担う若手農家が環境に配慮した農業を実践
JAの職員を経て就農した20代の農家、丸山翔吾さんによる農園。「新甘泉」「王秋」といったナシを中心に、慣行栽培よりも農薬や除草剤を減らし、環境に優しい栽培に挑戦。効率化や栽培にこだわりながら、儲かる農業を目指す。
丸山農園
鳥取県八頭郡八頭町

原木しいたけや菌床栽培のきのこの研究・指導する
食用や薬用など、人間にとって役立つキノコの研究開発や普及指導を行う国内唯一の専門研究機関。近年では、それまで生産量約2%だった「あらげきくらげ」の産地化に成功し「とっとり輝くらげ」として販売。大手飲食店など販路を拡大する。
日本きのこセンター/菌蕈(きんじん)研究所
鳥取県鳥取市古郡家211
TEL 0857-51-8111
月〜金 9:00〜17:00 休 土日祝

戦後の混乱や鳥取中部地震など幾度の困難を乗り越えたワイナリー
戦時中に酒石酸製造工場として誕生。世界でも珍しい砂丘地で栽培するブドウ造りから醸造まで手がける。2016年の鳥取中部地震では約4万本のワインを失ったが復興し、個性豊かなワインを製造。なかには10年以上リザーブするワインも。
北条ワイン醸造所
鳥取県東伯郡北栄町松神608 TEL 0858-36-2015
月〜土 8:00〜17:00 https://hojyowine.jp/
「今回の視察で森から食卓まで、どのように繋がっているのか見ることができました。東京でより鳥取のジビエを広めたい」と話す松本さん。唐渡さんもまた「捕獲しても、活かせているのは少数という事実に驚きました。もっと広め、社会貢献できれば」。
里山の課題に向き合い、命を美食へと昇華する営みを都会の料理人が見つめた今回の旅。ジビエへの取り組みを先導する鳥取県の歩みは、料理人を通して今後も広がるだろう。

唐渡 泰 からと やすし
2006年、野菜の技術を駆使した「野菜の美食」を掲げ「リュミエール」開業。他、カフェやビストロなど8店を運営。
松本 一平 まつもと いっぺい
和歌山県出身。「日本から発信するガストロノミー」をテーマに2014年「ラペ」開業。他、おでん屋など4店を運営。
鳥取県商工労働部兼農林水産部市場開拓局食パラダイス推進課
TEL 0857-26-7835
https://www.pref.tottori.lg.jp/shoku-paradise/
text: Ryoko Sato photo: Katsuo Takashima
