前途洋々に見えた土佐あかうしの道だが、ひとつの問題が浮上する。じつは、県外へ活路を切り拓こうと動き始めた頃、土佐あかうしでもサシが多く入るスーパー種牛が生まれたのだ。その牛を自分のメス牛と掛け合わせれば、土佐あかうしでもA4を狙うことができる。価格はA2、A3よりは高くなるので、多くの農家がそのスーパー種牛と交配した牛を生産するようになっていった。
驚いたのは、土佐あかうしの赤身の味、ほどよい霜降りを期待していた料理人や消費者だ。
「赤身がおいしいと聞いたから買ったのに」
「こんなにサシが入っているなら黒毛でいいよ」
そうした声が寄せられるようになった。写真の肉を焼いてくれた「ヴァッカロッサ」の渡邊雅之シェフもその一人だ。
「取扱当初の土佐あかうしは脂の風味も清々しく、赤身のうまみもしっかりあり、何より心地よい食べ心地の肉質でした。それが、サシがくどく感じてしまい、あまり食べ進められない肉質のものが届くようになってしまったのです」
こうした声は、生産者ではなく県やJAに届くのだが、とても悩ましい問題だった。というのも、生産者にとっては、人気の出たあかうしがA4に格付けされることでさらに高い値段で売れる、文句のつけようのない話なのだ。それを「赤身の多い肉に戻してくれ」というのは、言い方を変えれば「安く売ってくれ」ということにもなってしまう。かといって、このままサシの多いあかうしばかりが出荷されるようになると、せっかく回復した土佐あかうしの評価が下がり、売れ行きが悪くなってしまうかもしれない……。
次なる活路は、赤身の肉ほど評価される牛肉評価基準を持つフランスで見つかった。シャロレー種やオーブラック種など、ヨーロッパならではの在来品種が揃うフランスでは、日本とは正反対で枝肉に霜降りが入るとランクが下がり、真っ赤な肉ほどよいとされる。フランスを代表する肉牛であるリムーザン種の産地へいくと、そこでは生産と流通、販売の三社が手を携え、ORRouge(オールージュ)という格付基準で肉を評価していた。おいしいとされる肉質がどのようなものかを定め、生産者がそれを守って基準に沿ったものを生産したら、通常の市場評価より優遇し、上乗せした価格を支払う。肉を買う側の理解無くしてはできない取り組みをみて、公文氏は感動した。
「これを高知でもやれないものか⁉」
こうして土佐あかうしらしい肉の評価基準、TRB格付が生まれることとなったのである。
Tosa Rouge Beef(TRB)は、流通や販売、飲食店シェフの声を聞き、どんなあかうしが必要かを明らかにすることから始まった。先の渡邊シェフからは「A5と同じ値段で買うから、ちゃんとした歩留まりのよい肉を作って下さいよ」という声が挙がり、同様の声が他からも寄せられた。ただ赤身であればいいというわけではなく、ロース芯の形がよいことや、可食部分が減る筋間脂肪をどう無くすかということも重要だったのだ。
味わいに関しては血統や餌に由来する赤身や脂の質、そして飼い方によっても変わってしまう。ただ、はっきりしているのは標準的な飼育期間であるヶ月よりも長く飼った牛の評価が高いということだった。
そこで、出荷月齢がヶ月以上のA2かA3のあかうしを対象とし、TRB格付としてロース芯面積や皮下脂肪厚、筋間脂肪にサシの形状などを総合的に再評価。よいものをR4、かなりよいものをR5と格付し、R4は枝肉セリの打ち出し価格(最初につけられる値)をキロあたりプラス円、R5でプラス100円することになった。
このTRB格付については、各所から注目が集まり、「食べてみたい」という声が挙がっているが、じつはTRB格付を獲得できる牛がまだそれほど出てきていない。最初からかなり高いハードルを設けてしまったのだ。ただし、R4またはR5と格付けされた土佐あかうしの肉はTosaRougeBeefとして流通し、いずれも高値で取引され、好評を博している。
わたしたちはとても幸運な時期に生まれたのかもしれない。日本の牛肉の歴史の一ページに、この新しい格付が加わるところを体験できるのだから。Tosa Rouge Beefをみかけたら、この物語を頭に浮かべながら食べていただきたい。
text 山本謙治 photo sono/bean, 山本謙治
本記事は雑誌料理王国2021年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2021年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。