今春、「ザ・リッツ・カールトン京都」開業10周年を記念して開催された3人のスターシェフによるスペシャルコラボレーションディナーは、まさに“ゴージャス”かつ“エキサイティング”な6ハンズとなった。
登場したのは、スペイン・バスク地方「ムガリッツ」のアンドニ・ルイス・アドゥリスさん。アドゥリスさんに師事した東京・銀座「ブルガリ・イル・リストランテ ルカ・ファンティン」のエグゼクティブシェフ、ルカ・ファンティンさん。そしてファンティンさんに師事し、長年、友人としても交流を続けてきたザ・リッツ・カールトン京都「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」の井上勝人さん。彼らの“いま”が映し出されたテーブルとは?
「昨年末にこのイベント開催が決まって以来、どのように2人をお迎えしたら良いかずっと考えてきました。ですが、アンドニと再会した途端、それまで感じていた迷いや緊張が消え、スペインの空気と当時の気持ちを鮮明に思い出しました。技術や考え方を厨房で教えてくださる感じも、20年前と同じでした。あの頃の自分に、いつかこういう日が来るんだよ、と伝えたいくらい嬉しい。尊敬する2人のシェフを京都にお迎えし、こうしてコラボレーションできることを、とても誇りに思います」
この日、満面の笑顔でゲストを迎えたのは、2019年より「ザ・リッツ・カールトン京都」のヘッドシェフを務める井上勝人さん。2021年からは館内のイタリアンレストラン「ラ・ロカンダ」の一角にプライベートキッチン「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」を立ち上げ、二十四節気よりもさらに細やかな七十二候をテーマに、旬の食材を用いたイノベーティブなイタリア料理を提供し続ける、京都イタリアンの旗手だ。
「本当に、今日はとても特別な日になりました。もう25年以上前になりますが、井上と一緒にいたムガリッツは、とてもクリエイティブな場所でした。あの時間は本当に素晴らしい思い出です。技術とシーズナリティを融合させ、新しい料理を生み出すというそのスタイルに、井上はとても似ていると思います」
そう続けるのは、ルカ・ファンティンさん。2011年からルカさんの右腕として同店の料理長を務めた井上さんとは、20年来の仲間であり、友人でもある。
2人の言葉を受け、師であるアンドニさんは「2人ともそれぞれにスタイルがあり、かつ、絶えず学び続けている。これはとても大切なことです。旺盛な好奇心と同じ価値観を持つ仲間であり、尊敬と情熱を共有する家族…そんな二人とだからこそ、一緒に料理を作るたびに新しい発見があり、私自身も豊かになるのです」とにこやかに挨拶した。
3代にわたる師弟関係によって紡ぎ出される、いわば「料理の系譜」の表現とも言えるスペシャルコースは、ムガリッツの料理からスタート。メニューに「アマ(スペイン語で女性の意)」と書かれたそれは、おくるみのように柔らかな布で包まれ、ゲストに直接手渡された。包みを開くと、女性の乳房をかたどった柔らかな容器。手でおしいだき、突起箇所を口に含んで吸うと、牧草の香りを移したミルクが口中に溢れる…という趣向だ。ゲストはそれぞれ驚いて笑ったり容器をつついたり。座が一瞬で和み、全員の表情が崩れる。一夜限りの“劇場”の始まりである。
続いてはルカさんの「クワハーダ」。スペイン北東部で食べられている凝乳を、シェフはリコッタチーズと生ハムのだしで再構築し、ナミダマメを添える。井上さんは師の摘み草料理へのオマージュとして、大間のマグロにはタラノメのピュレ、兵庫のトリガイにはフキやタネツケバナといった山菜を合わせ、日本のニュアンスを纏わせた料理を披露した。ムガリッツへの敬愛が込められた2人の料理に続き、アンドニさんが提供したのは「イカのシーケンス」。シーケンスとは、“ひと続き”“連続”などを意味する言葉だ。
まずは、1つ目の料理。美しい花やハーブで彩られた白い布が皿の上にふわりと置かれている、ように見える。が、実はイカのピュレをシート状に伸ばし、ハーブや花を配してゼラチンで固めたもの。食べるのが惜しい美しさだが、もちろん頂く。骨格となるイカのうま味にさまざまなハーブの風味が絡まり、展開する味わいを追いかけているうちになくなってしまう。2つ目は5時間ローストしたタマネギとガーリックソースを添えたイカの足のフリット。3つ目はカルダモンとオレンジピールを合わせた、エレガントで官能的なイカのタルタル…。書かれたメニューからは全く想像ができない形と味わいに、ゲストは皆、目を見張り、感嘆する。
以降も、日本とスペイン、そしてイタリアのインスピレーションが混じり合う、ワクワクするような料理が次々に供された。井上さんが、焼いたタケノコとアマダイを、ピルピルをイメージしたソースに乗せて振る舞えば、ルカさんは蕎麦にインスピレーションを受けて作ったという、濃厚かつ繊細なイカスミとキャビアの冷静スパゲッティをサーブする、といった具合。最後にルカさんによる美しいデザート「ミルクのコンポジション」がサーブされるまで、まさにめくるめく料理の饗宴となった。
スペシャルイベントを終えたアンドニさんに、改めて今回の6ハンズへの思いをお聞きすると、こんな言葉が返ってきた。
「私は、ゲストがテーブルを囲む2、3時間をこの世のパラダイスにしたい、と常々思っています。人生は複雑ですからね(笑)。人々が非日常の感動を求めてオペラに並び、コンサートに足を運ぶのと同様に、レストランも“インクレィディブル”でなければならない。そのために毎朝“今日は今までで一番いいショーをしよう”と自分自身に念じています」
アンドニさんの“インクレィディブル”を生み出すインスピレーションは、それでは一体どんな時に、どこからやってくるのだろうか。
「インスピレーション?歩いているときでもいつでも、それはやってきますよ。例えばこのザ・リッツ・カールトン京都に足を踏み入れてすぐ、私にはアロマの香りと共に、敷地内を流れる水の音が印象的に聞こえてきました。そして、こうした“目には見えないけれど完璧”なところがとても日本的だと感じましたし、それが今回のテーマにもなりました。いわば「気づかないほどの完璧さ」でしょうか。例えば空調が暑すぎたり寒すぎたりするとき、つまり環境が不安定な時に、人は暑さや寒さを感じますよね? でも日本は『何も起こっていない』と感じさせる。それは、実は安定していて完璧である、ということです」
日々、どんな瞬間にもその深い洞察力を働かせ、そこから新しいアイデアを生み出し、クリエイションに結びつけるアンドニさん。今回、3人で作り上げた1つのコースについても「それぞれの情熱のコレクションですね」と笑う。
最後に、長きに渡りガストロノミーの最前線に君臨するアンドニさんに、後進たる若い人々へのメッセージをお聞きした。
「そう、人生の成功は新聞に載ることでもレストランリストに載ることでもありません。自分自身が設定したゴールを目指すのでなければ、不幸です。つまり自分は何がやりたいのか、何ができるのか?を追求することではないでしょうか」
それはそのまま、アンドニさんの生き様そのものだ。「年に4ヶ月間店を閉め、どうやって経営をしているのか?」という過去のインタビューで、アンドニさんはこう答えている。
「クリエイティブで先進的、前衛的な人は“自分が今やっていること”で生計を立てているわけではない。“自分がやりたいこと”で生計を立てている。店を休む4ヶ月間は120の新しい料理を考え、創造する時間。新しいことに挑戦し、新しいことを得る時間なのです」
料理に携わる人はもちろん、仕事や人生について考えている全ての人々が必要とする言葉ではないだろうか。
ザ・リッツ・カールトン京都
2014年に京都・鴨川の畔に誕生したラグジュアリーホテル。日本の伝統と欧米のスタイルを融合させたモダンな空間に134の客室とレストラン・バー・スパなどを擁する。今回の6ハンズディナーの舞台となったイタリアンレストラン「ラ・ロカンダ」はその1階に位置。かつて同地にあった藤田財閥の創始者・藤田伝三郎男爵の別邸・夷川邸が移築されており、隣接して6席だけのプライベートキッチン「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」も併設。京都や近郊の生産者から届く旬の食材の魅力を最大限に引き出した料理を提供している。
京都府京都市中京区鴨川二条大橋畔
https://www.ritzcarlton.com/ja/hotels/ukyrz-the-ritz-carlton-kyoto/overview/
text:奥 紀栄(料理王国編集部)