マッシモ・ボットゥーラ×ルカ・ファンティンの挑戦


高級食材やすばらしいテクニックより大事なのは、何よりアイディアの質だ。

「真実は食の中にある」と題して、東京・銀座「ブルガリイル・リストランテルカ・ファンティン」のシェフ、ルカ・ファンティン氏が、2年にわたって挑み続けた「Epicurea(エピクレア)」2015と2016。
その締めくくりとして、イタリア料理界の巨人マッシモ・ボットゥーラ氏が再来日して競演。「Epicurea」に2度登場した唯一のシェフとなった。待望されつつ、満を持して2016年にWorld’s 50 Best Restaurants 1位となった「オステリア・フランチェスカーナ」のオーナーシェフ。いまや名実ともに世界一となったボットゥーラシェフの胸を借りて、ファンティンシェフは「日本にモダンイタリアンを」の夢を、また一歩高みに進めた。


マッシモ(以下M) 私は、同じ店に2度来ることはなかなかないんです。でも、今回は、イタリアの優秀なシェフをサポートすることは、大変重要だと思って来ました。

ルカ(以下L) 僕は、仕事の仕方、シェフのフィロソフィー、両面から尊敬しています。メッセージを伝える意味で影響力のある人であり、特別な存在。頭の中にある哲学を皿に表現して、それを伝えることはとてもスペシャルなことだと思います。

M イタリア料理のイメージを非常に高く保っている人をサポートできるなら、ぜひそれをしたいと思っています。この20年で、イタリア料理は非常に変貌しました。ただ量があるのがイタリア料理じゃない。その背景にはアイデアのクオリティがある。それがイタリア料理だと、ようやく理解されるようになってきた。それが世界を変えたと思う。

「レンズ豆オールモストベターザンベルーガ」

L 大変コンセプトのある料理で、実際に口にすると、何が伝えたいのかがしっかりわかる。ただ単にラグジュアリーな食材を使って良い料理を作ればいいのではない、ということを感じさせてくれる。メッセージがはっきりしていて、なおかつコンテンポラリーな皿でした。誰かの感情に訴えるために、必ずしもキャビアという高級食材を使わなくてもいいんだ、ということを教えてくれる。レンズ豆は、イタリアではどこでも誰でも手に入る。そういう食材をあえて使うことが、料理のコンセプトを変えていくんだと思う。

M レンズ豆のキャビアを、僕らは「ワーキングクラスヒーロー」と呼んでいる。パルミジャーノレッジャーノでも、イワシでもジャガイモでもレンズ豆でも、料理する手腕さえあれば、オマール海老よりも、キャビアよりも優れた食材になりうる。現代の料理は、ただ単に「美味しい」クオリティがあればいいのではなく、アイディアのクオリティが大事なんだ。

レンズ豆 オールモスト ベター ザン ベルーガ「Epicurea(エピクレア)2016」の掉尾を飾るマッシモ・ボットゥーラシェフとのコラボ。ボットゥーラシェフの最初の皿は、黒光りして思わず食欲をそそる〝キャビア"、と思いきや「レンズ豆」だった。甘みのある優しい食感が期待を裏切り、同時に懐かしい旨みとなって口中に広がる。

――綺麗なだけで美味しくない料理もある。一見、ゴミのように見える中にも美味しいものがある。それが、リオデジャネイロ・オリンピック開催中のブラジルで、貧しい人びとに無料で食事を提供したマッシモさんの「ワーキングクラスヒーロー」を象徴しているんですね。

M たとえばりんごが熟して木から落ちたら、それで何を作ろうかと考える。熟しすぎたバナナがあると潰してどう食べようかと考える。
 リオデジャネイロのスープキッチンに着いたら、水もガスも、電気もない。信じられない状況だったので、隣の工事現場からホースで水を引いてきた。ガソリンで発電機を動かして電気を手に入れ、ガスは、キャンプ用の小さなバーナーで。スープキッチン3日前にイタリアの大統領が現場に来て「、この状況じゃできないね」と言った(笑)僕はちょっとおかしかったんだろうね。「もう言い訳なし、ノーモアエクスキューズ」という皿を作った。みんなを撃ち殺したいと思うか、そこで働こうと思うか、二つしかチョイスがなかった。

――ベーコンもなかった?

M 代わりにバナナの皮をゆがいて、それをトーストし、スモークしてバーナーで火を入れてベーコンのようにカットした。卵とパルミジャーノでソースを作った。誰ひとり、それがバナナの皮だと気付かなかった。それが「ノーモアエクスキューズ」です。気持ちがあれば、必要に迫られてやらなきゃならない時にはやるんです。やらなければ何もできない。

余り食材を使ってなぜそこまでするの?

M その理由は、四つの言葉で語れます。まずはカルチャー。そして知識。自覚と責任感。もしあなたが自分の中にカルチャーを持っていたら、それができる。そもそも、もしオステリア・フランチェスカーナがなければ、僕にもそんなことはできなかったでしょう。なぜなら、フランチェスカーナは、料理をするところではない。我々は調理はしない。フランチェスカーナは、アイディアを生み出すラボラトリーなんです。カルチャーを生み出している。

――ルカさんは2015年のミラノ万博でマッシモさんが呼びかけた「アンブロジアーノ食堂」でボランティアなさったんですよね。

L 休暇を使って行って、貧しい人びとのために料理をしました。

M もしあなたが世界一位になったら、三ツ星を手に入れたら、みんな「これ以上何が欲しいの」と聞くでしょうね。僕にとってそれは、社会に還元する時が来た、ということなんです。それが、カルチャーと責任感なんだと思います。

――以前、お母さまと「有名になったら見捨てられている人たちに光をあてる」と約束した、とおっしゃった。自分が受けた恩恵をお返しする時が来た、と考えているんですね。

M 2016年は、私が世界一になったという年ではなく、最も影響力のある料理人になったという年だと認識しています。未来のシェフのあるべき姿というのは、自分自身のことだけでなく、周りの人々、私たちの環境、貧しい人びとに目を向けることだと思う。あなた自身の中にカルチャーがあるなら、世界に還元しようと思うはず。そうでなければ、全部自分で所有していたいと感じるでしょう。これが私の答えです。

L マッシモは特別な存在です。心から尊敬します。誰もが、何かを手に入れたらさらにもっと欲しくなる。お金を持ったら、もっと。有名になったら、もっと露出をと思う。もっと、もっと、となる。でもマッシモはそうじゃない。自分はここまで来た、だから自分が手に入れた成功を、そこまで達していない人たちに返そうと思う。去年ミラノに行って調理したとき、私に特別な感情が湧きました。自分のレストランでは、何時に何を出さなければ、これは何度じゃなければ、タイミングは、とすごく集中して全てがパーフェクトになるように考えているんです。ところが、あの修道院の食堂で料理をしているときは、まるで家族に家庭で料理を作っているような気持ちになった。そういう気持ちを抱いたことに、自分は感動したんです。

ボットゥーラシェフは、若い頃から憧れのシェフだった。そのメニューを見て、ファンティンシェフはイタリアンの象徴として、パスタにしようと決めた。テーマはトラディショナルだが、それをいかに軽くするかに挑戦した。

マッシモ・ボットゥーラにとって、料理って何なんでしょうか?

M 私の全てがその中に入っている。抱えきれないほど大きなものを、凝縮して凝縮して、小さく小さくして、一口で食べられるようにした、一口で食べられる私の情熱。それは、何世紀にもわたって続いているものを、自分のコンテンポラリーなマインドのフィルターに通して表現したもの。それが私の料理。

L マッシモさんを10年以上知っていますが、やっていることの方向性が変わったことは一度もない。

――そういうマッシモさんの哲学や生き方が、ルカさんの心を開放したから、ミラノでも楽しかったんでしょうね。最後にひとつ。マッシモさんの「成功」の秘訣は?

M 50ベストで1位になったとき、「ただ懸命にキッチンで働いて、成功するんだ」とスピーチしました。若いシェフには、「夢と一体になって一生懸命働きなさい。夢と一体にれば、自分自身を見失うことがないから」と伝えたいです。

――ありがとうございました。

ディタリーニ フェリチェッティパプリカ 鰯
下には松の実とイワシ。上にはオレガノ。パプリカを使った、イタリアらしいトラディショナルな組み合わせのパスタだが、普通はパプリカを刻んで炒めるところを、ファンティンシェフはジュースにしてソースにした。コクがありながら軽さが出て秀逸。

イワシでもレンズ豆でも、発想と手腕さえあれば、オマール海老より、キャビアより優れた食材になりうる。

マッシモ・ボットゥーラ

マッシモは手に入れた成功を、世界に還元しようとしている。特別な存在のシェフなんだ。

ルカ・ファンティン

Massimo Bottura
1962年モデナ生まれ。大学で法律を学ぶも24歳で料理人の道を志し地元のトラットリアで料理人として働き始める。アラン・デュカス氏やフェラン・アドリア氏の元で働いた後、95年「オステリア・フランチェスカーナ」を引き継ぐ。2011年にミシュラン三ツ星を獲得。 2016年「世界のベストレストラン50」1位となった。

Luca Fantin
1979年イタリア・トレヴィーゾ生まれ。イタリアのトップレストランで修業した後、スペイン、サン・セバスチアン「アケラッレ」「ムガリッツ」へ。2009年に来日し、「ブルガリ イル・リストランテ」(現 ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン)のエグゼクティブ・シェフに就任。2011年より一ツ星。


民輪めぐみ=インタビュー、構成 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国第269号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第269号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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