料理人が担う役割にも変化が現れ始めている。「美味を提供する職人」として機能していた料理人が、「社会課題や未だ知らぬ食文化のコーディネーター」とでも呼びたくなるような役回りを帯び始めている。敢えて店舗を持たずに活動の幅を広げる料理人。都市部ではなく地方に目を向け、拠点すら構える人。他ジャンルの料理人やクリエイターと協働する人。思いやミッションを達成するという目的のためなら、手段を問わず、価値を生み出す料理人を紹介する。
「ポップアップレストラン」の形態も多様化しつつある今日この頃。地域でのポップアップレストランを、食材を巡るツアーのアウトプットとして位置づけているのが三上奈緒さんだ。「よそもの」視点を携えた料理人は、いつも生産者に囲まれている。
「旅する料理人」――気付けばそんな呼び名で活動を始め、今年で3年目。フランスの星付きレストランや、カリフォルニア「シェ ・ パニース」で修業した三上奈緒さんは、日本各地の農園を巡り、魚船に乗り、猟師と共に山に入る。出合った食材をその地で料理し、その人たちに振る舞う。食卓を囲む。毎月のように日本各地でポップアップレストランを開き、地元の生産者の輪の中に飛び込む根っからの東京っ子。伝えたいのは、自分が感じた地域の「価値」だが、地元の人たちにとってはあくまでも「日常」。そのギャップを、料理の力で埋めるべく、地域でのポップアップに重点を置く。ある時は、みかんの名産地で地元の柑橘を料理し柑橘農家へ提供。またある時は、漁港のお母さんたちに地魚料理を教える。「生産者さんから、自分の食材がこんなにおいしいなんて と気付いてもらえるのが何より嬉しい」。再発見のスイッチを押しに、三上さんは今日も旅支度をする。
そもそも三上さんが地域のポップアップレストランに関わったきっかけは、「シェ・パニース」修業時に愛媛からのお客さんと出会ったため。以来、何度も足を運び、柑橘農家を応援している。
友人の繋がりで、長野県・中川村の古民家で地元の食事会を開いたところ、参加者から次のイベントのオファーが舞い込んだ。四徳温泉キャンプ場での「むらびと祭」では巨大パエリアを作ることに。
千葉県・木更津市の「KURKKU FIELDS」では、親子連れに向けてデイキャンプのワークショップ運営に参加。施設内の畑での収穫から焚き火による調理まで、子供たちの反応に刺激を受けている。
豊富な魚種で知られる尾鷲の港町では、地元のお母さんたちに地魚をさらにおいしく食べるポイントを伝授。地域活性に取り組む参加者のおばあちゃんから逆にパワーをもらうことも。
各地を軽やかに飛び回る三上さんに、東京で会える場所がある。昨年5月から青 山「DOWN THE STAIRS」にて、隔週で土日のランチを担当している。「一般的な料理人のキャリアとしては、長くスーシェフを務めた上で、師匠のシェフから そろそろ独立してお店を出したら? と、合格のハンコを押される。私にはそのハンコがない分、不安になったこともあります。でも、お店を構えていないからこそ食材ツアーに足を運べる」。そのスタイルを保ちつつ、産地で吸収したことを発信する場を持つ。「ポップアップを開催した地域の農家さんがふらりと立ち寄ってくれるのもこちらのお店があるからこそ」。
料理人になる前から、青山のファーマーズマーケットに出入りしていたため、生産者が魅力的なことは百も承知。当時、青山のクラブで振る舞っていたカレーに、農家を応援するポップも付けていたほどだ。惚れ込んだものをとことん知ってほしい性質は、今も変わらない。「DOWN THE STAIRS」で提供される一皿に説明を求めようものなら、「これは、千葉のTOMさんの色大根で、あ、そのTOM さんって…」と止まらない。この続きはぜひ、お店で。熱量の高い料理人こそが、私たちと地域の間にある壁を溶かすのだ。
HOW TO RESERVE
第2・4土日(変更になる場合あり)、青山「DOWN THE STAIRS」にてランチを担当。毎回2種類のメニューを用意
東京都港区南青山 6-1-6 パレス青山110
TEL 03-5464-3711
11:00 ~ 18:00 LO(ランチタイムは12:00 ~ 15:00)
https://arts-science.com/shop/down-the-stairs/
※ポップアップレストランの情報は、webサイトhttps://www.naomikami.com/ にて
PROFILE
三上奈緒 (みかみ・なお)
旅する料理人。東京農業大学卒業。栄養士として小学校で勤務後、渡仏し料理の道へ。アヌシー、プロヴァンスのレストランで修業し、帰国後、青山「ラ・ブランシュ」、カリフォルニア「シェ・パニース」を経て、現在は、日本各地でポップアップレストランを開催。旅先にて生産者を訪問し、その場で集まった食材で料理をするのがライフワーク。子どもたちへの食教育として、Edible schoolyard japanのchef teacherも行なう。
text 浅井直子 photo Hiroaki Zenke、高重乃輔、中村元美、きくちよしみ
本記事は雑誌料理王国2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。