個性的、原始的なパスタを探す旅~サルデーニャ編~


イタリアでより個性的な、あるいは原始的なパスタをもとめると必然的に足は秘境、辺境へ向い、時には州境や国境を越えて他国へと伸びることもある。サルデーニャのディープ・パスタからニューヨークまで、縦横無尽の辺境のパスタ論。

サルデーニャ
原始のパスタが残る偉大なる未開の地バルバージア

青く輝くリゾート地、というイメージが強いサルデーニャだが、古来、海賊や異民族に襲われ、人々は内陸へと逃げ込んだ。バルバージア地方に代表される内陸部は、ディープ・サルドが残る貴重な未開の地。

シチリア島に次ぐ地中海第二の大島サルデーニャ。ギリシャ、アラブ、ノルマン等、多くの民族が各々の食文化という置き土産を残したシチリア同様、スペイン、ジェノヴァなど近隣国家の影響を色濃く残す地だ。古代ローマ時代のキリスト教化は遅れたが、闘う羊飼いイリオス人はじめ先住民族は、島の奥へ奥へと逃げ込み、独自の文化を築いて今日までそれを維持し続ける。サルデーニャ中央部ヌオロ周辺を、いまも「バルバージア地方(野蛮な土地)」と呼ぶのはそうした歴史背景による。

バルバージアの女性が紡ぐ一子相伝、幻の「神の糸」

そのバルバージア地方に「神の糸(Fili di dio)と呼ばれる幻のパスタ、フィリンデウがある。今やこのパスタを打てる女性も少なく、絶滅の危機にあるといわれるが、その姿はパスタを打つ、というよりもまさに神の糸を織るようで実に神々しく、聖なる儀式に思えてくる。かつて「テストーネ」というアグリツーリズモでフィリンデウを作る様子を見せてもらったことがあるが、フィリンデウの原料はセモリナ粉、水、塩。塩水を手につけながら空中で生地を伸ばすと一本が二本、二本が四本と魔法のように神の糸が出来上がる。これを円形の板にはりつけ、サルデーニャの強い天日で乾かす。伝統的な食べ方は羊のブロードでゆで、羊のチーズ、ペコリーノをたっぷりと加える。見た目の可憐さとはうらはらな、動物性でパンチのあるどろっとしたパスタは、偏西風マエストラーレ(ミストラル)にさらされて寒い内陸バルバージア地方の、冬を乗り切る先達の知恵なのである。

絶滅寸前の幻のパスタ フィリンデウ Filindeu
「テストーネ」ではオーナーのセバスティアーノがバルバージア地方に伝わる貴重な郷土料理を食べさせてくれる。見た目の可憐さとはうらはらな力強く濃厚なパスタ、フィリンデウは羊のブロードでゆで、ペコリーノをたっぷりとかけて食べる冬の料理。

ユニークといえば、オリスターノ近郊の小村モルゴンジオーリのロリギッタスもフィリンデウと並ぶ。細く延ばした生地を二本指の周囲に二周させ、ねじって作る指輪型のパスタで、本来は11月1日の諸聖人の祝日に作った。作れる女性は少なくないが、市が保護対象食品として保存活動を続けており、カリアリの食料品店では乾燥パスタも見られるようになった。

同じく希少種といえばクルルジョーネスと呼ばれるジャガイモとミントのラヴィオリで、地方によってはクリンジオニス、クルルショニスとも呼ばれる。特にオリアストラのクルジョネスは、EUのIGP食品に指定されるほど名高い。

サルデーニャを代表するパスタといえばニョッケッティ・サルディことマッロレッドゥスとフレーグラだろう。

前者はサルデーニャ語で「小さな仔牛」の意味。小指の先ほどの小さなパスタで、本来はざるを使って縞模様をつけるが、サルデーニャでは自家製マッロレッドゥス・マシンも売られている。パスタ生地を上から入れ、ハンドルを回すと小さなマッロレッドゥスがぽんぽん飛び出して来る楽しいパスタ・マシンだ。フレーグラはフレーゴラ、フレウラとも呼ばれ、クスクスの粒を大きくしたような、セモリナ粉の粒状パスタ。本来はカリアリ近郊カンピダーノ地方のパスタで、「小さくする」というラテン語のFricareに由来する。正統な食べ方はアサリと一緒にスープ仕立てにするが、ラグーと合わせたり、パエリアのようにオーブンで仕上げるなど、近年ではバリエーションも豊かである。

クスクスの異母兄弟的位置づけ フレーグラ Fregula
伝統的にはサフランと卵の黄身を使って色付けし、サ・シヴェッダと呼ばれるテラコッタの器の中で作る。アサリを使ったフレーグラはサルデーニャ語でFregula cun cocciulaと呼ばれ、内陸部ではラグーやトマトソースともに食べる。

小さな仔牛という名の特殊形状 マッロレッドゥス Malloreddus
サルデーニャを代表するパスタは大量生産品も一般に販売されている。その呼び名は町ごとに微妙に異なり、サッサリではチジオーネス、ヌオロではクラヴァオスとも呼ばれており、伝統的にはサフランで色付けする。

写真・文 池田匡克

本記事は雑誌料理王国2014年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2014年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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