食を通して生産者と地域活性化のお手伝いをしていきたい。岩手「ロレオール」伊藤勝彦さん


前沢牛、短角牛、白金豚、佐助豚といったブランド肉をはじめ、ほろほろ鳥、三陸の魚介、山菜、キノコなど、岩手県は食材の宝庫だ。千葉県から奥州市前沢に移住して17年、現在は岩手フレンチを標榜する「ロレオール」のオーナーシェフである伊藤勝康氏は、地元の生産者や加工業者に寄り添いながら、食文化の向上と地域の活性化をめざす。

食を通じて生産者と地域の活性化のお手伝いをしていきたい

東北新幹線一関駅から在来線に乗り換えて前沢駅へ。駅前からタクシーに乗って数分で小高い丘に「牛の博物館」と隣接してたたずむフレンチ レストラン「ロレオール」に到着する。眼下には大きく蛇行する北上川が悠々と流れている。

オーナーシェフの伊藤さんは、地元の食材だけを使うのではなく、地域に息づく食文化をも取り入れて、岩手フレンチともいえる料理を提供している。

店名のロレオールとは、陽の光、後光という意味だ。「自分が光を浴びるんじゃなくて、料理を通してお客さんみんなに光を当てて幸せにしたい」という願いをこめたという。

――前沢に移住した経緯は?

 東京エアポートレストランに就職して13年経って、フランスに修業に行こうと思った。それで女房に「子供を連れて前沢の実家で1年くらい待っててくれ」と言ったら、彼女の両親が何考えているんだということで、結局こっちのレストランに勤めることになったんです。最初は軽いノリで3年くらいの予定でした。好きな渓流釣りもできるし(笑)。

――4年半後に独立して、出張料理を始めましたね。

 当時はなかなか洋食は受け入れてもらえなくて、レストランはいわばアウェイ。それならこっちからお宅に出向いていこうと。初心に還るというか、ゼロから顧客作りをしようと思ったわけです。出張料理は8年くらいやりましたが、この時期に県内の多くの生産者や加工業者と知り合うことができました。

重ねていくのではなく、削ぎ落していく料理

――料理で大事にしていることは? 

小学生の料理教室でよく言うんですけど、一番大事なのは、すべて食材には命があり、それをありがたくいただくということ。そうしないとおいしい料理も作れないし、おいしくも食べられない。料理人もそこがベースですよ。トマトの味がどうとか言うけど、どうやって芽が出て、どうやって生長するかを知らないといけないんです。

――伊藤さんが作る岩手フレンチの特徴は?

地元でとれた旬の食材を使うのが基本です。バターもほとんど使いませんし、ソースも煮詰めていないのであっさりしています。お客さんからは、優しい味とか、食べても疲れない味とか言われます。その代わり、すぐにお腹がすきますよ(笑)。
 分子料理法がありますけど、その逆のほうに行きたいんです。「よくわからないけど、これをこうするとおいしくなる」とか。解明されていないのが好きなんです。枝豆のミルクジャムを試作した時、県の研究センターの人も同じように作るんですが、色がよくないんです。なんで伊藤さんがやるとそうなるの?って。
 わからないところが楽しいんです。だから、あんまり紐解きたくない。岩手は伝説のふるさと。神秘的なほうがでいいですよ。

――めざす料理はありますか?

フレンチは重ねていく料理ですが、今は逆に食材本来の味を生かして削ぎ落す感じですね。

そのきっかけは、一関の「山の風」という山菜料理屋の女将さんに山のことを教えてもらったこと。まず風の音を聞け、次に風の香りを嗅げと。風や光や土の条件によって山菜やキノコが生えるところも違う。山菜やキノコのことを教わって、野菜も同じなんだとわかりました。だから、まず野菜を見て食べて、その声を聞く。炒めている時は、かっこよくいえば、後ろを向いていても野菜の声が聞こえてくるんです。

被災地はすべて自分の店、支援するのは当たり前

――震災後はいち早く三陸に炊き出しに行かれましたね。

 うちはグラスやお皿が割れただけでしたが、映像で沿岸部の惨状を見て、いても立ってもいられなくて。それでアル・ケッチャーノの奥田(政行)君と連絡をとって一緒に炊き出しに行ったんです。奥田君が庄内からうちの店に来て、お互いに仕込んだものを持っていく。彼は4月の半分以上はここにいたんじゃないかな。

 その後は、東京から応援にやってくるシェフたちに調理場も食材も全部貸し出して、炊き出し基地みたいになりましたね。

――なぜそこまで献身的になれたのでしょう?

 沿岸部にはお世話になった人がたくさんいましたし、出張料理時代は店を持っていなかった分、言ってみれば県内や宮城県の北部全部自分の店のようなもの。「なんでそこまでするの?」って聞かれるんですけど、自分の店が被害に遭った時に何もしないの?と逆に聞くんですよ。ただ被災者のそばにいて温かい食事を作ってあげたかったんです。

 出張料理時代に培った経験と技術、これまで築いてきたネットワークや人間関係が役に立ったんでしょうね。軽ワゴン一台で水と火さえ持っていけばどうにでもなりますから。

――地産地消を推進していますが、現状をどうお考えですか?

 やはり地域として生産者を支えていくことを考えないといけない。たとえば、食材のトレーサビリティが叫ばれて、消費者には生産者の顔が見えやすくなった。でも生産者からは消費者の顔が見えにくい。生産者が自分たちの産品がどう使われて、どう喜ばれているかを知れば、仕事に自信と誇りが持てるようになる。

 それと、法律によって食の安全は担保されるかもしれないけど、食べることだけの地産地消だけでは、もともと土地に根差していた文化を壊すことにもなる。食材だけでなく、文化も含めた地産地消じゃないと意味ないですよ。

――最後に、伊藤さんの夢は?

オーベルジュをやりたいですね。お客さんにいろんな料理を食べていただきたいのに、レストランの食事ではそんなに食べられない。それがすごく悔しいんです。朝はお客さんが畑から野菜をとってきて、それをその場で調理して驚かせたいですね。

被災地への孤軍奮闘の支援活動は、「ロレオール」という店名の由来のように、被災者にとって一条の光となった。岩手の大地に根を張って17年。伊藤さんの発音もすっかり東北弁に馴染んでいるようだ。「自分では意識していないんですが、東京の人からはなまってると言われますね」とはにかみながらも、その表情はどこか誇らしげにも見えた。

Katsuyasu Ito
1963 年千葉県生まれ。高校卒業後、東京エアポートレストランに勤務。1995 年に妻の出身地である岩手県前沢に移り住み、「牛の博物館」に併設されたレストランのシェフに就任。2000 年独立して出張料理を始め、加工食品の開発にも携わる。07 年最初に勤めていたレストランに戻り、09 年に店名を「ロレオール」に変えてオーナーシェフに。東日本大震災後はいち早く被災地の炊き出しに赴き、現在もさまざまな形で復旧復興に尽力している。

幸田森=写真 text by Cuisine Kingdom

本記事は雑誌料理王国218月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 218月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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