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初めての開業はあまりにバタバタで、ほとんど記憶がありません。カンテサンス時代には15人ほどで回していた場所を、料理人2人、サービス人がボク1人の3人で回すのです。しかも、経営側に立つと、すぐには理解できない書類・契約書の山。まとめる時間は皆無です。
同じ店で2年以上働いたことがなく後輩がいないため、オープニングスタッフは人のつながりで2人を確保、それ以降はSNSでメンバーを集めています。
ボクの場合、一日をイメージできない日は失敗に終わるのですが、オープン初日はそんな感じでたった3組がまったくうまくいきませんでした。また、パン皿はあるけどパンがないなんてことも。居合わせた先輩に買いに行ってもらったことがあります。
電話が鳴れば終わり。サービス人はもういません。だから電話線を抜くことにしていました。料理を出し終えてもお客さまに話しかけられたら、次の料理をキッチンに伝えられません。そこでオーダーはLINEでキッチンに発信、シェフにダイニングまで運んでもらってしのぎました。
ワインの発注方法もわからない状態でした。日本でのソムリエ経験がなく「インポーター」「酒屋」の意味をわかっておらず、生産者にメールで取り扱い先を問い合わせたことも。でも、そのとき試行錯誤した経験から、今では和食やすし店のドリンクにコンサルタントとして携わることができているので、何が役に立つかは後になるまでわかりません。
お店を続けていくには、新規客・リピーターの獲得が大切です。そのためにボクが活用しているのはSNS。「メニューが変わります」「イベントをやります」といった情報は、メールやDMではなくSNSですべて発信しています。ホームページは大切ですが、ボクはひとつのレストランのホームページに何度もアクセスすることはありません。大抵の人が少なからずそうだと思い、「ティルプス」のホームページはとてもシンプルに作ってあります。
「ティルプス」は6年目ですが、店の印象は人によってさまざまでしょう。信じてもらえないかもしれませんが、ボク自身、オープン時は正統派のソムリエでした。シェフが人も替わり、レストランとして賞を獲得、国内外のジャンルを超えたシェフとコラボレーションをし、お菓子を売り、イベントにも出ていく。レストランはメディアで、発信するためのネタを作り続けることができると思っています。
だからといって、お客さまを増やすことを念頭において企画はしません。料理を考え作るのが料理人の仕事なら、来店したくなるコンテンツや話題を作るのが自分の仕事。それに徹しているだけです。
たとえば先日、パリで活躍する渥美創太シェフと1カ月間コラボレーションディナーをやりました。26皿を3つのコースに分け、メインもデザートも3回出すというチャレンジです。予約で席はみるみる埋まり、キャンセル待ちや問い合わせがとても多かった。そこに行かなければ食べられないスペシャリテ、そこに行かなければ味わえない体験、そういった唯一無二に人は集まります。
自分の中で何か企画をあたためていたり、他の人とコラボレーションして新しいものが作れるのだとしても、早くしなければ誰かに先を越されてしまいます。アイデアがあるなら大至急動くべきです。
Q. 「お客さまとのコミュニケーションでモットーとしていることは?」
「レストランに行く」という行為は、お店を選び一緒に行く人を決めた時点でもうすでに始まっています。問い合わせいただいたときから、やり取りを円滑に進めていくことが、サービスの務めだと思っています。サービス人として自分をアピールすることはありません。食材やワイン、シェフの哲学、昨今のレストラン事情を聞かれた時はさっと答えられるように、つねに準備しておくことを、モットーとしています。
大橋直誉
フードキュレーター&「ティルプス」オーナー
1983年北海道生まれ。調理師学校卒業後、東京の「レストランひらまつ」に入社。退社後は、フランス・ボルドー二ツ星 「コルディアン・バージュ」のソムリエに。帰国後、白金台の三ツ星レストラン「カンテサンス」で働いたのち、「ティルプス」を開業。世界最速でミシュラン一ツ星を獲得。 現在は、店舗にてサービスを務めながら、フードキュレーターとしても活躍する。
本記事は雑誌料理王国294号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は294号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。